浄土真宗千葉組

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11月法話 生死いずべき道

生死いずべき道

浄土寺 藤田英範

 

この世に生を受けたものは、必ず死を迎えなければならないということは、誰でもが知っているということです。

生者必滅ということは、よくわかっているのですが、それが肉親や身近な人のこととなると「なぜ」「どうして」となかなか納得できないのです。

亡くなった人が身近な人であればある程、悲しみは深く、なぜ亡くなったかと叫びたくなるほどの衝動に駆られます。

確かに、人間の「死」は悲しく、つらい事でありますが、遺された私達がそのことから何も学ばずにいるのはもっと悲しい事です。

 

私たちはいつも、その人生にあって「生」のみばかりを考え、いかにして「死」を遠ざけるかということのみに奔走する生き方をしていませんか?

 

私達は、“その生死苦悩の身を抱きながら如何に我が人生を歩むか”、この問いこそが真の仏道であると言えるでしょう。

宗祖親鸞聖人はそのことを「生死いずべき道」と教えて下さいました。

 

金子大栄先生がよく申された言葉ですが「仏道とは、死を問いとして、それに応えるに足る生をたずねる道である」と。死という事が忘れられて生のみが強調される人生は、人生の一面しか見えていない人生であり死ということがあって、はじめて、人生全体が問い直されるであると同時に、そこから本当の命が問いかけられるのではないでしょうか。

 

葬儀などの弔辞にも、よく「永遠のお別れです。さようなら」などとおっしゃる方がありますが、本当にそうでしょうか。生きている私達と、亡くなった方とは、もう全くつながりが切れてしまったのでしょうか。

葬儀とはあの世とこの世、亡き人と我々を分かつお別れの儀式ではなく亡き人と私とが深い関わりの中に生き始めたことを思う儀式です。

 

失って見えてくることがあり、死によってその人が私の中に生きてくる不思議な事です。

 

私たちはお互い近くに生活していても、かえってその人の本当の願いというものを聞き流してしまうことがあります。失って初めて、その人に教えられた大切なこと、亡くなられた方に対しての悔いに改めて気づかされることがあると思います。

遺された人の使命とは、死という事実を受け止め、失って気づかされたことを心に刻み、それを活かして人生を大切に生きて行く事であり、またそれが残された人の心に亡き人が生き続けることではないでしょうか。

 

明治の大人物、山岡鉄舟は皆様よく御存じと思います。剣道の達人であり禅を極めた人で、とくに江戸城明け渡しの時も、勝海舟、高岡泥舟、とともに「三舟」と呼ばれた立派な人物です。

この鉄舟に、ある青年が自分の身の上を告白しました。

「去る戊辰の役で、私はまだ子供でありましたが、私の目の前で両親が亡くなるのをはっきり見て知っております。けれども、どこかに生きていてくれるに違いないと信じて、旅を続けて訪ねております」と、

それを聞いた鉄舟は次の言葉を言った

  いたずらに外に向かってその面影を訪ねんより 内にかえってその人を見るにしかず

「おまえは、死んで会えるはずもない両親の面影を訪ねて、虚しく旅をするよりも、それだけの骨折りを自分の内側に向けて、面影ではなくお前の両親の心を知ったらどうだ」

という教えでさとしたという事です。

 

この青年は鉄舟のこの言葉が縁で出家、その後清水次郎長の養子となりさまざまな人生の試行錯誤を重ね、のちに京都の桃山の近くに庵を作り住んだ天田愚庵(1904没)という明治時代の有名な歌人となったそうです(集英社出版 こころの開眼 仏語仏戒 著者松原泰道より)

 

最後に改めて次の言葉の大切さを感じます。

親鸞聖人の著された「教行信証」の終りに中国の道綽禅師著書「安楽集」を引かれて

 

「前に生まれん者は後を導き、後に生まれん者は前を訪え。連続無窮にして、願わくは休止せざらしめんと欲す。無辺の生死海をつくさんがためのゆえなり」

 

先に生まれた者は後から来る者を導き、後の世に生きる人は先人の生きた道をたずねなさい。それが連続して途絶えることのないように願う。これは数限りない迷いの人々をことごとく救うためである、ということです

合掌