浄土真宗千葉組

千葉県にある浄土真宗本願寺派(お西)の活動を紹介しています。

12月法話 「なんで?」を考える

12月法話 「なんで?」を考える

「なんで?」を考える

中原寺 平野俊斉

 

12月8日は何の日かご存知でしょうか?1941年の真珠湾攻撃を真っ先に思われるかたもいらっしゃるでしょうし、ビートルズファンのかたはジョン・レノンの命日が頭に浮かぶことでしょう。しかし、私たち仏教徒としては「成道会」を忘れることはできません。

お釈迦さまは29歳で出家されて6年間にわたり、自ら肉体的にも精神的にも追いつめた苦行をされました。それでもさとりを開くことができなかったことから、苦行を捨て瞑想に入られ、ついにさとりを開かれたのが12月8日です。

 

お釈迦さまのさとられたこととの一つに、「縁起の真理」があります。

 

最近、5歳になる息子の口癖は「なんで?」。
  こちらが何を話しても、息子から返ってくる言葉が「なんで○○○なの?」ということが、しばしばあります。
   今年のある夏の日のお昼時のことです。息子がインスタントスープを飲んでいたので、私が「熱いから気をつけなさい」と注意したら、「なんであついの?」との返事。「お母さんがさっきお湯を入れてくれたからでしょう。」と説明すると、「なんでお湯いれたの?」。「スープ飲みたいって言ったからでしょ。」と言うと、自分が言ったにもかかわらずに「何でスープ飲みたいって言ったの?」とまた質問。この後、「お腹空いているから。」に「なんで僕はお腹すいてるの?」。「朝ご飯食べそこねたから。」に「なんで?」。「前の日にお寺の行事があって、夜遅くまで起きていて寝坊したから。」に「なんで?」と続き、「なんでお寺の行事したの?」、「なんでたくさんの人にお寺に来てほしいの?」「なんで親鸞さまの教えを知ってほしいの?」というところまで話が広がったところで、ようやく「なんで?」に飽きたのか、息子はスープを飲み始めました。
 そばで私と息子のやり取りを聞いていた娘が「スープの話から親鸞さまの話に繋がるなんてすごいね。」と驚いていました。
 息子が「なんで?」を続けていたら、どこまで話が広がっていたのだろうと考えると、何気ない日常のなかに、場所や時代を越えた「なんで?」の答えが存在していることが実感できます。

  「縁起の真理」とは、すべての事柄には必ず何らかの原因と条件があって生じ存在するという事です。ものごとの原因は必ずしも一つということはなく、様々な要因が重なって一つの結果を生むのですが、そこには私の思いも及ばないほどのご縁が幾重にも重なり合うことで、今ここに私の生活があります。

 私が今、お念仏を称えさせていただいていることも、計り知れない多くの人々が、それぞれの場所と時代で阿弥陀さまのお心を伝えてくださったからです。そのお心とは、この思い通りにならない人生において、頼りにならないものを頼りとし、迷い苦しみ続ける私に、「あなたの苦しみ、悩みをそのままにすべてを引き受け、決して見捨てることなく、ともにお浄土へと続く人生を歩む」との阿弥陀さまからのお喚び声です。

 

「なんで?」を繰り返すことで、当たり前だと思っていたことが実は有り難いことだと気づかされます。たまには「なんで?」を考えてみませんか?

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