浄土真宗千葉組

千葉県にある浄土真宗本願寺派(お西)の活動を紹介しています。

千葉組日記

ブログ一覧

11月法話「修験道から念仏へ」

天真寺 西原龍哉

 今年は、新天皇陛下が御即位なされる即位礼正殿の儀が執り行われ、「平成」から「令和」へと年号が変わり、新しい時代の幕開けであります。
 小学生の時、当時の官房長官が新元号「平成」の二文字を掲げた瞬間を鮮明に覚えています。それから32年。中身はあの頃と変わらない気もしますが、やはり年相応の外見には「諸行無常」の時の流れを感じます。
 現在の元号は、明治に「一世一元制」が採用され、天皇一代に使用する元号は一つです。しかし、親鸞聖人の時代は、大地震や火災など天変地異、疫病の流行などが発生すると、元号が変わっていました。聖人90年の生涯は、36回元号が変わる程の激動の時代でした。聖人の伯父日野宗業は高名な儒学者で、朝廷の文章博士として、鎌倉時代「建仁」「建保)」という二つの元号を提案されています。その建仁元年は、親鸞聖人にとって忘れがたい年です。『教行信証』後序に、「しかるに愚禿釈の鸞、建仁辛の酉の暦、雑行を棄てて本願に帰す」と示されます。この時聖人29歳、これまで自らの計らいによって悟りを開く仏道「雑行」から、「我にまかせよ、必ず救う」と南無阿弥陀仏の呼び声となってはたらいてくださる阿弥陀如来の「本願」に帰依をされる仏道を歩まれる決意をしたのです。
 昨年は、多くの災害に見舞われ、無力な私たち人間の姿が映し出されました。親鸞聖人が在関東の頃、活躍していたのが修験者の山伏弁円です。修験道では、呪術によって災害を除き、来福を祈祷します。弁円は念仏の教えが弘まると、聖人に敵愾心を抱き、殺害計画を立てました。しかし、実際に会って話をすると、瞬く間にその教えに帰依し、弓矢・刀・頭巾と山伏姿を投げ放って、仏弟子となられました。 念仏の世界は、苦悩を取り除く道ではありません。その苦悩の中から教えられ、育てられ、目覚めさせられる世界です。煩悩具足の私を、そのまま抱き取って下さるのが阿弥陀如来のお慈悲であり、一人じゃないぞ、ともに乗り越えようと「南無阿弥陀仏」のよび声となってくださる仏さまと歩む道です。苦悩は変わらずとも、受け取る私が転じられていくのです。先人は、そのお心を「渋柿の渋がそのまま甘さかな」と詠まれました。煩悩具足の私だからこそ、念仏申す身へと育てられるのです。時代は変わっても、常に我身を照らしてくださる阿弥陀如来のお慈悲の心は変わらないのです。

10月法話「阿弥陀さまの用(はたら)きは、私のうえに現れる」

「阿弥陀さまの用(はたら)きは、私のうえに現れる」

西方寺 西原大地

先日、地元の学習塾の前を通りすがった際に「県立〇〇高校 合格者〇〇名」と大きく張り出された掲示を目にいたしました。

塾の生徒が有名高校に合格するという姿を通して、その事柄を実現させるだけの指導力がその塾にはある、ということを主張しているのでしょう。

この張り紙を見て懐かしく思い出されたのが、自宅のポストによく投函されていた、子ども向けの通信教育の案内です。

通信教育の案内と言っても、小学校3年生くらいの男の子が通信教育を始めたことをきっかけとして、今まで苦手だった科目を克服し友人にも恵まれ、成長していく姿が描かれた漫画の冊子です。

「県立〇〇高校 合格者〇〇名」ほど直接的ではありませんが、男の子の成長を通じて通信教育の魅力・教材の力を伝えているのでしょう。

この様に、物事が変化する姿を通して、その様に変化させた力を私たちは感じることがあります。

その力のことを「はたらき」と言い、浄土真宗のご法話の中でも度々耳にする大切な言葉です。

親鸞聖人は主著『教行信証』の中で、全ての者を救わんとはたらく阿弥陀如来という仏さまを「磁石」に譬えています。

私たちは磁石が放つ磁力を目で直接見ることは出来ませんが、磁力に引きつけられる物質の姿を通して「磁力」という力(はたらき)を知ることができます。

この喩えからも分かるように、阿弥陀如来という仏さまは、目で見て手で触れて確認できるような仏さまではないということです。

この仏さまは私の外側にいらっしゃる仏さまではありません。

「県立〇〇高校 合格者〇〇名」「小学校3年生くらいの男の子が通信教育を通して成長する」という姿がそのまま、「塾の指導力」「教材の力」を示すように、この命の行く末に対する不安が晴れる私の心の有様、そして合わさる事の無かったこの私の手が合わさり、下ることの無かったこの頭が下がる姿がそのまま、阿弥陀如来という仏さまのはたらいている証拠なのです。

9月法話「願いを頂く時」

「願いを頂く時」

無量寺金山龍成

 みなさんはコンプレックスをお持ちですか?私は首にあるアザがコンプレックスでした。でした…と言うのもある出来事がきっかけでそうではなくなったからです。それは、小学生。ちょうど思春期の頃です。私はなぜ自分にだけアザがあるのかを思い悩んでいました。しかし、いくら悩んでもアザは消えることはありません。そんなある日のこと、私は母に思い切ってたずねました。「お母さんこの首のアザはなんであるの?」と。母は私の頭を優しくなでながら言いました。「それはあなたが生まれた時のアザよ。大丈夫…大丈夫よ」と。私を気遣っている母の気持ちとは裏腹に私は自分の思いが伝わっていないと心の中で苛いら立だっていました。そして、私は母に怒鳴り散らしました。「大丈夫じゃない!お母さんは、僕がどんなに悩んでいるかも知らないくせに。そもそも、お母さんがこんな風に産んだのだろ!」…と。母は私を抱きしめゆっくりと真剣に語りだしました。「あなたをお腹に授かった時お母さんは早くあなたに会いたい、命にかけても守らなきゃ。と思ったの。けれどお腹の中にいたあなたは、逆さまでへその緒が首に絡まっていたの。無事に産めるかわからなかったの。だから、水泳をしたり体操をしたりとあなたのためになると教えられたことは、すべてしたの。そして、最後はお医者さんの手を借りて、ようやく無事にあなたを授かることが出来たの。その生まれる時にアザがついたの。あなたにとっては、とてもつらいアザでしょうがお母さんにとってはあなたが無事にこの世にいのちを授かってくれた大切な証あかしなのよ。でも、あなたが苦しい思いをしていたことに気づけずにいて…ごめんね」と。

 母が、私のいのちに対してどのような願いを持っていたのかに気づかされた時、このアザの持つ意味が私の中で変わっていきました。それまで、アザは邪魔なものでしかありませんでした。しかし、母の願いを聞いてからは、大切な宝物になりました。アザがあるという事実は変わりませんが、そこには自分の力では到底見いだせない、大きな意味が与えられていました。

 「南無阿弥陀仏」の声には阿弥陀さまの大きな願いが込められています。「あなたのいのち決してむなしく終わらせることはしません。この私阿弥陀が必ず浄土に生まれさせ仏と仕上げます。」と。その願いを頂く時「間違いなく浄土に生まれる身なのですね。仏と成らさせていただくいのちなのですね」と味わせていただきます。生まれて来たこと、死んでいくことに何の意味も見いだせなかった人生に大きな意味を与えて下さいます。生きていく中で思いがけず様々な苦しみや悲しみに出会いますが、阿弥陀さまの願いを聞かせていただく時、それら全ての出来事に深い意味が与えられます。

8月法話

自力と他力

龍昌寺 石塚龍悠

8月になりプロ野球シーズンもそろそろ終盤戦に入ります。

今季のヤクルト・スワローズはセ・リーグワーストタイ記録となる16連敗を喫しました。連敗中、監督は自宅近くにある神社に参拝し家に戻ると今度は仏壇に線香を供えたそうです。でもチームは勝てない。監督は「両方にお願いしたのがまずかったのかな」と力のない冗談。

スポーツ選手には験を担ぐ方も多いそうですが、このときは藁をもつかむ気持ちだったのでしょう。困ったときに神仏にお祈りするというのはよく聞くことですが、それで試合に勝てるなら明治神宮野球場を本拠地とするヤクルトが1番強そうです。

この時期の野球放送には「自力優勝の可能性が消滅」というワードが出てきます。

規定の試合数を消化していき残り試合もわずかになると、あと何回負けると1位のチームに届かないのか計算できてしまうので、ひとつの勝敗の影響が大きく、そのたびに一喜一憂してしまうわけです。

自チームの優勝があやしくなると、今度は他のチームが負けて順位が落ちてくるしか優勝の可能性が残されていない、成り行きまかせの状態におちいります。

その際に使われるのが「他力本願」という言葉。ですがこれは誤用が定着して一般化してしまった、本来の意味とは異なる使われ方です。

私が龍谷大学の学生だった頃、ゼミの教授が「他力本願という言葉はあるが、自力本願という言葉ない」とおっしゃっていました。

「他力」というのは阿弥陀さまのはたらきのちから、「本願」というのは仏さまが誓われた約束のことです。自らの修行をもって悟りを得ようとする場合は単に「自力」といいます。

自力と他力の関係をあらわすインドのたとえ話に、猿の道と猫の道というものがあります。

猿の子供は母親(仏)にしがみついて(自力)運んでもらいますが、猫の子供(私たち)は

母親(仏)に首をくわえてもらって(他力)運んでもらいます。

しがみつくには手や足にちからを籠めて、離されまいと努力する必要がありますが、くわえてもらえば、ちからの弱い子供でも安心です。

親鸞聖人は『教行信証』に「他力といふは如来の本願力なり」【注釈版聖典第二版190頁】とお書きになられています。

阿弥陀さまが仏となられる前、法蔵菩薩であられたとき、私たちを救うために48の願い事・約束事をされました。他力本願というのは、この阿弥陀さま(他)の誓われた願いのちから(本願力)によって、間違いなく浄土に往生できることです。

応援している広島カープが、連敗続きでモヤモヤする。阿弥陀さまは、そんな煩悩をぬぐいきれない我が身をも救ってくださる。そのお慈悲に感謝をしつつ、日々のお念仏を申していきたいと思います。 

                              南無阿弥陀仏

7月法話

照光寺 脇本正範

余命宣告を受け闘病なさっておられたご門徒さんのご遺言があり、最後の一年間の様子をご法話にしてほしいという思いを引き継ぎましたので掲載します。

 全人的苦痛とは
 1.身体的苦痛
 2.心理的苦痛
 3.社会的苦痛
 4.スピリチュアルペイン
 1~4までの苦痛を緩和することを全人的苦痛といいます。
 お寺やお坊さんの役割は4番目のスピリチュアルペインに該当するそうです。スピリチュアルペインとは人生の意味・罪の意識・苦しみの意味・死の恐怖・価値観の変化・死生観に対する悩みに関するこころの痛みのことです。

今から3年前にそのご門徒さんに出会いました。火葬している時に余命宣告を受けて治らない状態だったことを知りました。終末期の緩和ケア病棟に通院するようになったのが1年前のことです。

 ご門徒さんは余命宣告を受けたときに死を受け入れることができずに不安や鬱状態に陥り激しい怖れと怒りのなか自死をしてしまいそうな状態まで追い詰められてしまったそうです。
 「このままだと死んでしまいそうだ」とお医者さまに助けを求め心療内科で心理的苦痛に関する痛みを緩和することになりました。
 同時に現役の銀行マンでしたから社会的な苦痛(仕事上の問題や家庭・経済的な問題)も生じていたとのことでした。
 抗がん剤の治療を続ける中でもご門徒さんが求めたものがもう一つあります。それが4番のスピリチュアルペインをどのように解決するかということでした。人生の意味や死生観、苦しみの意味を緩和するためにあらゆるお寺をインターネットで調べ上げて通うことができる浄土真宗のお寺を探し続けたそうです。

当時わたしはお寺のご法座で『浄土真宗の教えでは死が単純な終わりであるとは考えません。救済活動の主体(仏・如来)として新しいいのちの出発をする瞬間を往生といいます。また、浄土(真実・さとりそのもの)に生まれる(往相)と同時に残された者のところまで姿かたちを南無阿弥陀仏と転ぜられて還ってきます(還相)。
 それ故に亡き方々は「いつでもどこでもいっしょの仏様」と味わうことができるのです。また臨終を迎えるまでの間、日常生活で称える南無阿弥陀仏は仏になることが決まった証拠ですから「死後の心配」をする必要はありません。皆様お一人お一人が臨終を迎えたら往生即成仏。いつでもどこでもいっしょの仏様となって残された者の「いのち」に宿りその「いのち」に同化して私たちの人生をいつでもいっしょに歩み続けてくださいます』というご法話をしていました。
 死を目前にして「そうか。新しいいのちの出発をすることができるのだ」という思いを抱かれたご門徒さんのこころに真の安らぎが生み出されたに違いありません。
人生の意味や苦しみの意味が問われ自分で自分のことを救うことができそうにないときに「いのち」のよりどころとなるものを持つということは闘病する本人と見守るご家族の生活の質を向上させるためにも必要なことであると同時にお念仏のおいわれを聞き、南無阿弥陀仏と称えつつ過ごすということは「死が不安に満ちた闇黒の世界」ではなく「光に満ちた真実の安らぎの開けである」と転ぜられていくと味わうことができます。

限られた時間の中で南無阿弥陀仏と称えることのできるよろこびを噛み締めています。