浄土真宗千葉組

千葉県にある浄土真宗本願寺派(お西)の活動を紹介しています。

法話

4月法話「『キングダム』を読みながら考えた」

『キングダム』を読みながら考えた

 専念教会 阿形 雄三

 

一、はじめに

 『キングダム』という『週刊ヤングジャンプ』に連載され、現在単行本は四九冊を数えるマンガがあります。舞台は紀元前二四〇年代の中国、五百年続く戦乱を終わらせるため中華統一を志す秦国の嬴政えいせい(後の始皇帝、以下政)と、奴隷同然の境遇にありながら「史に名を残す天下の大将軍」になる夢を実現しょうとするしん。この二人を中心に物語は展開していきます。

 そんな『キングダム』の場面を紹介しつつ、少しお話をさせていただきます。

二、「人の持つ本質は―――光だ」

 三九巻の四二三話『天下の起源』から四〇巻の四二七話『決意の言葉』にかけて、秦国の実権を握る呂不韋りょふいと政が、天下、金と欲望、戦争等について語り合います。

 呂不韋が「戦争は紛れもない人の本質の表れ、人の世の営みの一部、その否定は人の否定、現実を受け入れて為政に挑まねば世は前進せぬ!」と主張するのに対し、政は「お前達は人の“本質”を大きく見誤っている」と指摘し、次のように続けます。

 「たしかに人は欲望におぼれ、あざむき、憎悪し殺す。凶暴性と醜悪さも人の持つ側面だ。だが決して本質ではない。その見誤りから争いがなくならぬものと思い込み、その中で最善を尽くそうとしているが、それは前進ではなく、人へのあきらめだ! そこに気付かぬが故に、この中華は五百年も戦争時代を続けている」

 では、人の本質とは何なのかと呂不韋に問われた政の答えが小題なのです。

 自身の経験、出会った人々に思いをせながら、「形や立場が違えど、皆一様に自分の中心にある“光”を必死に輝かせて死んでいった。そしてその光を次の者が受け継ぎ、さらに力強く光り輝かせるのだ。そうやって人はつながり、よりよい方向へ前進する。人が闇に落ちるのは己の光の有り様を見失うから。見つからず、もがき、苦しみ、悲劇が生まれる。その悲劇を増幅させ、人を闇へ落とす最大のものが戦争だ。だから戦争をこの世から無くす」と、決意を明らかにします。

 一方、仏教では“光”とは「真実」、親鸞聖人が「煩悩具足ぼんのうぐそく凡夫ぼんぶ火宅無常かたくむじょうの世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに」とおおせの通り、私達は生まれた時から闇の中を生きています。

 生まれた時からそうだから、皆がそうだからと思い切り、不確かなものに確かであれと願うだけなら、それは「人へのあきらめ」になり、もし釋尊がそうだったら、仏教は存在しなかったでしょう。

 「法灯明、自灯明」と釋尊は仰せになりましたが、私には出うべき真実があり(法灯明)、その真実に出遇った私になる(自灯明)。親鸞聖人は先のお言葉の後に、「ただ念仏のみぞまことにておはします」とお続けになり、釋尊が明らかにされ、七高僧を中心とする多くの方々が受け継がれた「お念仏」こそが“光”ですよとお示しくださいました。

三、「“光”とは願い」

 四六巻の四九四話『地下牢の賢人』で、政の忠臣昌文君しょうぶんくんと、呂不韋の配下で当代屈指の法家李斯りしが、“法”について語り合います。

 「そもそも“法”とは何だ?」と李斯に問われた昌文君は、「法とは刑罰をもって人を律し治めるもの」と答えますが、李斯に「馬鹿な!刑罰とは手段であって法の正体ではない!」と一喝されます。

 「では…法とは何なのだ」という昌文君の問いに、李斯は次のように答えます。

 「“法”とは願い!国家がその国民に望む人間の在り方の理想を形にしたものだ!統一後、この全中華の人間にどうあって欲しいのか、どこに向かって欲しいのか、それをしっかりと思い描け!」と。

 一方、私が出遇うべき“法”とは、阿弥陀如来とその「願い」であると釋尊は仰せになりました。

 あらゆるいのちをご自身と等しい光り輝くいのちに成らしめ、真実の安楽を得さしめる。その「願い」は、そうなる気持ちも力もない私のようないのちこそが目当てなのです。

 そうすればその「願い」が実現できるのか、五劫ごこうというきわめて長い時間をかけて考え抜かれた阿弥陀如来は、ご自身が何を成すべきかを選び取られ、その実践に兆載永劫ちょうさいようごうというはかり知れない時間をかけられたと釋尊は教えてくださいました。

私のようなものを救うのは、それ程大変なこと、とんでもないことなのです。

 親鸞聖人は常々つねづね「弥陀の五劫思惟しゆいの願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人いちにんがためなりけり。されば、それほどの業をもちける身にてありけるをたすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」と仰せになられたそうですが、「同行二人」だよと語りかけていただているようで嬉しくなります。

3月法話「ふと」

ふと

寶満寺 清谷亮

「生きていくのがつらい」と感じることはありませんか。

「わたしは何のために生きているのだろう」と問いかけることはありませんか。

歳をとったとき、病気になったとき、あるいは何気ない瞬間に、自分の生の意味を考えることがあるかもしれません。

お釈迦様は「人生は苦しみの連続である」と説かれました。この場合の苦しみというのは煩悩から生まれるものであり、「自分の思い通りにならない」ということです。いや、世の中には楽しいこともたくさんあると思われるかもしれません。しかしその楽しみも苦しいことがあるからこその楽しみであり、楽しみだけが続くのであればそれは楽しみとは言えないでしょう。

同時に自分は「生きる意味」というものを今までに人から教わってきたことがあっただろうか、と振り返ってみてください。親や学校の先生、友人たちなどから何かしら示されたことがあったかもしれません。しかし多くの方はそういう経験のないまま成長してきたのではないでしょうか。

「自分は何もしないし何も出来ない。人に迷惑ばかりかけてきた」

そう自分の事を仰る方もありましょう。

しかしそんなあなたの存在は、唯一無二のものとして必要なのです。他の誰として代わることはできません。

親から生まれ育つにも、私一人ではどうにもできません。恩師、先輩、友人…私たちは様々な人たちから支えられて生きてきました。また気がつかないうちも含め、自らが人の支えになったこともあったかもしれないのです。人に迷惑を掛けたこともあれば、掛けられたこともあったはずです。そこにはお互い様の心、生かされているということに対する気付きがあります。生きているのではなく生かされている。人間とは生かされて生きていくだけでも立派なものではないでしょうか。

 

「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」

 

歎異抄第三章の有名な一節です。

「善人ですら往生できるのであるから、悪人が往生できないはずがない」

 

煩悩を捨てられずに苦しみ迷いの中に生きているような人間(悪人)でも、必ず阿弥陀様は救って下さると親鸞聖人は説かれております。仏様の慈悲の中で、悪人の自覚を持った者が救われていくのが「悪人正機」のみ教えです。

多くの人が苦しんでいて、そして悪人であると思います。そんな人間を決して見捨てないのが阿弥陀様の救いであります。

 

2月法話「西の方遠くにまします御仏は我が心にもまた居ますなり」

「西の方遠くにまします御仏は我が心にもまた居ますなり」

真宗寺 柏倉学

「西の方遠くにまします御仏は我が心にもまた居ますなり」

山口県の圓正寺様から数年前に頂いたカレンダーのお言葉です。

この圓正寺様にHさんというご門徒さんがいらっしゃいました。

Hさんは嫁いできた時に、義母と義祖母から「家のこと畑のことはもちろんして貰いますが、うちは圓正寺の門徒です。お寺のご法座や婦人会の集まり等がある時には必ずお寺にお参りに行きなさい。これからはお仏壇のお仏飯の担当はあなたよ」と、H家の家訓として聞かされました。それから何を措いても圓正寺に足を運びお聴聞を重ねられ、阿弥陀さまが大好きになりお念仏を喜ばれる様になられました。

生活の中で女の子を授かり、育てていく中その子の手を引きながらのお寺参りを続けられましたが、だんだんと娘が大きくなっていくにつれ、娘は反抗期からか理由をつけてはお寺からどんどん足が遠のいていき、最後にはお寺参りお聴聞を喜ぶことなく、県外に嫁いでいかれました。嫁いだ後も、娘さんはお盆やお正月など実家に帰る度に「お寺にご挨拶に行こう。阿弥陀さまに御礼しに行こう」と言うお母さんのことを疎ましく思っていました。

Hさんは阿弥陀さまのお慈悲を、家訓を我が娘に伝えられなかった自分が情けなく、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。それから、少しでも阿弥陀さまのお慈悲を娘に残したいと思い、聞いたことや嬉しかったこと、有り難かったことなどをノートに書き残されました。そのノートは八十冊程になりました。その中、ご家族をお見送りし最後一人暮らしの中に亡くなられました。

娘さんは残された実家の家財道具を整理に来られ、お仏壇の横に置かれたお参りの経本入れや門徒式章・お念珠、横に積まれた八十冊ものノートの山を見られた。そして、お母さんがこのノートを何故書き残したのか、お母さんがどんな思いでお寺参りしていたのか、何を私に伝えたかったのかを知りたいと思い、お寺参りを始めお聴聞を重ねられました。今はお慈悲を喜ばれ、お念仏の日暮しをされる方になられました。

最初のお言葉はこのノートの中にあった一節であり、娘さんが喜ばれた言葉であります。

阿弥陀さまは西方十万億仏土の彼方、極楽浄土にいらっしゃるとお聞きかせ頂いている。けれども阿弥陀さまは遠くで私を待っている仏さまではなく、すでに私の元に届いていてくださり、今私の中に入り満ちて下さっている。いつでもご一緒の仏さま南無阿弥陀佛の仏さまとお聞かせ頂いている。

「お母さんは亡くなってどこか遠くに往ったのではなく、阿弥陀さまのお慈悲の中に摂めとられ、南無阿弥陀佛と今私と一緒にいてくださる。あんなに疎ましいと思っていたお母さんと今の方が会っている気がします。お母さん有り難う」今、先に往ったいのちと遇え世界、倶会一処のお心を喜ばれお念仏を味あわれています。

1月の法話 「ショッピングモールにて」

 

「ショッピングモールにて」

 

無量寺 金山龍成

 

私と娘と妻の家族3人で近所のショッピングモールに買い物へ

必要な物を買い終え 様々なお店をまわっていると、

4歳になる娘が突然 一目散にどこかに走りだして行きました。

その先を見てみると おもちゃ売り場です。

かわいい人形や 楽しそうなおもちゃが沢山並んでいて、

娘からしたら宝の山だったのでしょう

それらに目が奪われて おもわず駆け出したのです。

私は少し離れた場所で 娘の様子を眺めることにしました。

お気に入りのおもちゃが見つかったのでしょうか、

そのおもちゃで 楽しそうに遊んでいます。

時間も忘れて しばらく夢中で遊んでいました。

ところが ふと我に返り周りをキョロキョロと見渡しています。

お父さんもお母さんもいません 置いて行かれたと思ったのでしょうか、

今にも泣き出しそうな 不安そうな顔になっていました。

お母さんは どこにいるのかと言いますと 実はすぐ後ろにいたのです。

迷子にならないか お友達とケンカしないか心配で ずっと見守っていたんですね

けれど娘の方はおもちゃに夢中で すぐ真後ろにいるお母さんに気づかなかったのでしょう。

妻は不安そうな娘を抱きかかえ「お母さん ここにいるよ」と声をかけていました。

その声を聞いた娘の顔は 一瞬でに笑顔に変わりました。

娘はおもちゃに夢中で母親がどこにいるか気付いていませんでしたが、

母親の心はずっと子どもに向けられていたのですね。

 

親鸞聖人がお敬いされた高僧のお一人 善導大師の「般舟讃」に次のような お言葉があります。

「仏(ぶっ)身(しん)円(えん)満(まん)無(む)背(はい)相(そう)」

阿弥陀さまは 決して背を向けることがありません 常にあなたの方を向いていて下さっていますよ というお言葉です。

「阿弥陀さまは 決して背を向けない」

この私が阿弥陀さまの事を忘れていようとも どこにいて 何をしていようとも

阿弥陀さまのお心は常に私を向いていて下さっているのです。

そして 阿弥陀さまは 私の口から「なもあみだぶつ なもあみだぶつ」

「あなたを捨てない親がここにおるよ」と呼びつづけ

今、ここに、共にいてくださっている事を知らしめて下さっているのです。

 

南無阿弥陀仏

 

 

12月法話 生死一如

 

「生死一如」

浄土寺 藤田英範

 

先日、孫の祖父母会に出席しました際、園児達が何曲か歌を披露してくれました。

その中で、私自身何度も聞いたことのある「手のひらを太陽に」を歌ってくれました。

皆様も聞いたこと、歌ったことがあると思います。

「ぼくらはみんな生きている」から始まり

生きているから歌ったり、悲しんだり、笑ったり、喜んだり、踊ったり、愛したりする

んだと歌って、さらにミミズ、オケラ、アメンボ、トンボ、カエル、ミツバチ、スズメ、

イナゴ、カゲロウみんな、みんな生きているんだ、友達なんだと続く歌です。

 

私は今迄に何度もこの歌を聞いていたにも関わらず、あまり意に介さず聞き流し

ていましたが、今回この歌を聞いて、「生きている」ということを改めて考えさせら

れ「すばらしい」と感動しました。

皆様方は如何です。私が年をとったせいでしょうか?

私達はよく「死」を自分の周りから遠ざけ、「生」ばかりをおってしまいがちですが、

かと言って本当に「生」をしっかり見つめているでしょうか?

 

今日も明日も、明後日も生きている(=命がある)のは当然であり、改めて意識す

ることなしに毎日を過ごしていませんか?

現実的な面から見れば、私達は生きていくために、まずは当然ですが食べなけれ

ばなりません。食物(肉、魚、野菜等)を摂取することで肉体を維持することが出来

る訳ですが、これは他の物の命を奪って私達は生きるということであり、私達の生

と他の物の死が同時に成り立って生=殺ということになるのです。

さらに大自然から戴く空気、水、光それらのものを取り込むことによって命を支えて

生きているわけですが、それだけでも生きていけるものではありません。

人は、自分を取り囲む家族、そしてその周りの方々による直接、間接的にしろそれ

らの支えにより生きていく事が出来る存在なのです。

 

浄土真宗では食事の際に以下の言葉を唱和します。

食前の言葉

 ・多くのいのちと、みなさまのおかげにより、このごちそうをめぐまれました。

 ・深くご恩を喜び、ありがたくいただきます。

食後の言葉

 ・尊いおめぐみをおいしくいただき、ますます御恩報謝につとめます。

 ・おかげで、ごちそうさまでした。

この言葉に言い尽くされているのではないでしょうか。

 

何かのきっかけで、自分の力だけを信頼して生きてきたつもりの自分の思いあが

りがひるがえされ、はじめて、全ての人々のお陰で生かされていた自分であった

と気付かされる時があります。

このように私達を取り巻く物、人の支えによって生きているということは、それらに

よって生かされている存在であるということであり、今ここに生かされている命を

見つめ感謝することは「死」を見つめることでもあるのです。

 

仏教では『生死一如』といって、生と死は表裏一体であって生と死を分断しないこ

との意味がここに込められているのです。

 

蓮如上人が白骨の御文章の中で「我やさき、人やさき、今日ともしらず、明日とも

しらず」とおっしゃっておられる通り。今日か明日かわからない大人も老人もそ

して子供も、今日を最後として生きているのです。

 

もう故人となられましたが、映画の評論家で有名な淀川長治さんという方をご存

知でしょうか?若い方達には馴染みがないかも知れませんが、この方は行き先

で自分が死んだ時に、まわりの人に迷惑をかけてはいけないという信念から、

どこかへ出かける時にはいつも、いくらかは知りませんが、それに相当するお金

を持ち歩いていたそうです。

「人間はいつどこで人生を終わるかわからないので、いつもその心構えをしてお

かなくてはならない」というのが口癖で一日一生の思いで生きておられたようです。

ある時友人が、貴方のように「いつ死ぬかわからない」などと何時も考えていたら

気持ちが暗くならないですか?と聞いたら、その時「いや、いつ終わるかもしれな

いと考えているから、何事にも全力投球ができ、いいかげんな生き方は出来ない

という思いが湧いて、毎日が充実し、明るく楽しく生きられる」といったそうです。

 

明治の先達清澤満之先生に「生のみがわれらにあらず、死もまたわれらなり」と

いう言葉がありますが、『生きている』と言うことは、正確には生死しているという

ことであり、何時どのようになってもこれで充分ですと言えるような生き方を自ら

に問いただすということが大切な意味をもってくるのです。

 

このような生き方を毎日思って生きていくということは難しいことですが、少しでも

この様な気持ちを持って、一日一日をすごして行きたいものです。

如何でしょうか?

自分の人生ですものね。                    南無阿弥陀仏

11月法話「お墓って怖くない?」

「お墓って怖くない?」

照願寺 高澤公一

 

夏になると海に近く都心からもそれほど離れていないロケーションの照願寺にも友人らが子供をつれて家族で遊びに来たりします。泊りがけで、海に遊びに行ったり、すいか割りをしたりと地元を楽しんでもらえるので毎年こころよくお迎えしております。そんななかでの会話で

「お墓って、こわくないの?」

と質問されました。

 

多くのお寺が、敷地内に墓地があり住居があります。照願寺でも本堂の間近に境内墓地があり、住居があります。その友人いわく、「お寺はありがたい場所だとは思うけど、住んでるすぐ近くにお墓があるのはなんだか不気味じゃない?幽霊とかでるんじゃないの?」と言われました。続けて「お坊さんって除霊とかできるんでしょ?」と

 

私は「私は幽霊に会ったことはないし、ここのお墓が怖いと思ったことはないよ。」

と答えます。

私自身は、ずいぶんこのお寺に滞在していますが、おばけや幽霊を見たことも感じたこともないし、そもそも除霊なんて能力を持ち合わせてはいません。しかし、それらが存在するとしたらなんだか怖いという気にもなります。世の中にはその手の情報があふれていて、古くからの書物にも普通に登場する存在です。静かな暗闇の中でなんでもない(物音や雰囲気)ことでも恐れや不安を抱いてしまいます。「何かいるのではないか」。まさに「疑心暗鬼を生ず」といったところでしょう。

 

ある先輩のお坊さんがこうおっしゃってました。

「お墓にはいるとしてもみんな仏様やろ?いっぱい見守ってくれててありがたいやないか」

 

たしかに、何かが存在がいたとしても、ここはお念仏を大事にし、このお寺を守り続けてきてくれたお家の方の代々のお骨があり、今生きているご家族が大事にしてくれている場所。阿弥陀様のはたらきにより間違いなくお浄土に往生されている仏様しかいないのではないでしょうか。

 

「いや、まちがいなく仏様やろ。」

そんな話をしていると友人は少しずつ納得した様子で、

 

「ありがたいんだねぇ。南無阿弥陀仏」

友人にとって、幽霊とは見知らぬ存在。知らないからこそ恐れたり怖がったりするのですが、照願寺を大切にしてくださった方々、仏様という気付きによって、ありがたい存在になったようです。これにとどまらず自分自身の中で確かな気付きをもつことにより不安だと思っていたことが解消されることが多いと思います。お墓というのは亡き方のお骨を納め、亡き方を偲びつつ、仏縁にあわせていただく大切な場所、お参りの際は、仏様を出遇ってください。

10月法話「浄土真宗における修行とは」

浄土真宗における修行とは

光䑓寺 八田泰

浄土真宗に「修行」はあると思いますか?仏教=修行のイメージが強いのではないでしょうか。

修行と言うと、座禅や滝に打たれる・断食等をイメージするかと思います。これらは「自力(じりき)」と言って自分の力で日々の悩みや欲望等を乗り越えていく修行の一つです。真言宗や曹洞宗など日本仏教の殆どが自力の宗教です。

では浄土真宗はどうでしょうか。日々の悩み、欲望からは離れることは出来ず、満足に修行を達成することは出来ません。その私を見越して、私ではなく阿弥陀如来が修行を達成されたのです。これを「自力」ではなく「他力(たりき)」といいます。

では、阿弥陀如来が修行をしたから何もしなくてもいいのかと言われればそうではありません。阿弥陀如来がどうして我々をすくおうとされたのか、どのようにしておすくい下さるのか、そのおいわれを聞かせて頂くのです。

 簡単に言うと、お経を読むこと・法話を聞くこと・仏教等の勉強をすること等、仏教の教えに触れる事全てです。誰でも出来るものです。難しく考えず、ドンドンして貰いたいと思います。

その中でも、浄土真宗の中で阿弥陀如来のおいわれを聞かせて頂く重要なことは何でしょうか?「聴聞(ちょうもん)」です。聴聞とは仏教や浄土真宗の教えの話し(法話)を聞くことをいいます。皆さん方はもちろんですが、我々僧侶も聴聞が一番大事と言われています。私もいつも色々な人の法話を聞いています。また、手軽に始められるように、今回のようにインターネット等に法話などを掲載していたり、浄土真宗の教え等を掲載していたりします。こういったものを読むことも大事なことです。

御同朋(おんどうぼう)御同行(おんどうぎょう)という言葉があります。この言葉は、浄土真宗の教えを信じている人は皆仲間であり、上下関係等もないと言う意味です。僧侶も皆さんも一緒です。一緒に聴聞し、一緒に浄土真宗の教えに触れ、一緒に悩みを解決しようとすることが浄土真宗です。皆さん方は悩みや迷い・疑問等を持っていると思います。それらを晴らすために色々な法話を聞いていると思います。我々は阿弥陀如来がどうして我々をすくおうとされたのか、どのようにしておすくい下さるのか、そのおいわれを法話しているのです。阿弥陀如来の話をするのが法話であります。難しくわかりづらい法話もあるかと思いますが、色々な方の法話を聞いていると、以前わからなかった事がわかるようになってきます。肩肘張らず、気楽な気持ちで法話に接して貰いたいと思います。皆さんと今後も一緒に聴聞して行きたいと思います。これからも聴聞という名の修行に励みましょう!!

9月法話「阿弥陀仏の慈悲のお心」

「阿弥陀仏の慈悲のお心」

天真寺副住職 西原龍哉

 

お経には、何が説かれているでしょうか。そこには、仏様になる教え、仏様の願いが説かれています。『仏説無量寿経』には、「一(いっ)切(さい)恐(く)懼(く) 為(い)作(さ)大(だい)安(あん)(一切(さい)の恐(く)懼(く)のために 大(だい)安(あん)を作(な)さん)」と示されます。ここには、生死の苦におののきおそれを抱いているすべての人々に、その苦悩を超えて、大いなるやすらぎの心を与えてあげたいという仏様の願いが込められています。

 

お釈迦様は、苦悩を超える道として、二つの道を示されます。一つは、理想的人格を示し、戒律を授け、煩悩を取り除き苦悩を超えていく道。もう一つは、煩(ぼん)悩(のう)具(ぐ)足(そく)の私が、そのままで救われていく道です。親鸞聖人は、20年間にわたる厳しい修行を通し、煩悩を取り除くことは出来ない、いや煩悩こそが我が本性であると見抜かれました。そんな愚かな私だからこそ、阿弥陀仏は私を目当てに「我に任せよ」「あなたを救う」と呼びかけ願いをかけて下さっているのです。阿弥陀仏の慈悲のお心から生まれたこの願いに、親鸞聖人は自らの道を求める中で出遇っていかれたのです。

 

先日買い物に行くと、幼い娘さんとその母親が歩いていました。母親が先を急いでいると、後ろをついて歩いていた娘さんが転んでしまいます。母親はしばらく気づかずにいましたが、振り返って倒れている娘を発見すると娘の方へ駆け寄ります。その間、娘はじっと母親を見つめています。母親が娘を抱きしめて「どこが痛いの」と聞くと、娘は「膝を怪我したの」と大声で泣き出しました。娘は怪我をした痛みから泣くのではなく、母親の安心感の中でこそ涙することができたのでしょう。もし母親が「何で転んだの、バカだね」と言っていたら、娘は涙を流すことができずに痛みに耐えていたかもしれません。そんな光景に、阿弥陀仏の慈悲のお心を思いました。

 

現代の競争社会を生き抜いていくためには、立ち止まることが許されません。苦しみ、悲しみ、人に言えない内面を隠しながら走り続け、いのちが疲弊していきます。そのヘトヘトになった私のいのちに、阿弥陀仏は条件をつけることなく、「南無阿弥陀仏」の六字のみ声となって届いて下さいます。涙を我慢して頑張ろうとする私に、辛いね、悲しいねと寄り添って下さいます。泣きたい時には泣いていいよ、いつでも私の胸の中にいるんだよ、あなたのいのちの居場所になろうというのが阿弥陀仏の慈悲のお心です。そのお心に出遇ってはじめて、ホッと立ち止まり、次の一歩を踏み出す力がわいてきます。

8月法話

 雲妙寺住職 大善文彦

 ニュースで「香港のディズニーランドが、開園1周年を迎えた」とながれていました。
 日本のディズニーランドは、昭和58年4月浦安に開園してから、今年で34年と聞きました。
 最近は行くことも無くなったディズニーランドですが、以前に、「スペースマウンテン」や「スプラッシュ・マウンテン」に乗ったことがありました。
 初めて乗るときは、気持ちがわくわく気分でしたが、いざ動き始めると前後左右に身体が揺れて早いスピードにびっくりした思い出があります。
 あの「ジェットコースター」自体はプログラムされた通りに動いているだけなのですが、私にすれば、その予想外の動きに圧倒されました。
 ジェットコースターの働きが、私の身体を動かします。

 阿弥陀仏の前身は法蔵菩薩という菩薩様でした。
その菩薩様は、「いのちあるもの全てをお覚りの仏にする」という誓いを立てられました。そのうえに、重ねて誓いを立てられました。
それは「どんな境涯にいるいのちにも、わたしの名前を聞かせます。それが出来ないうちは、私は菩薩の状態のままでおります」というものでした。
そして、その方法を時間をかけて考えられて修業に入られました。

 修業に入られた法蔵菩薩様、そのご修業は継続中か、それとも終了されたかというのが大きなポイントです。
 法蔵菩薩のご修業が終わった時点で、私の成仏は決定するからです。
 その法蔵菩薩が、阿弥陀仏に成仏し終わってから、すでに十劫という時間が経過しています。

 私は、そのことを耳に入れる事なく、過ごしてきたのが私のいのちの歴史でした。
この度の人間境涯で、そのことを聞きそびれたならば、また迷いの世界にもどらねばなりませんでした。

 わたしを、お覚りの仏にする仏様があらわれたのです。
 阿弥陀仏という、仏様の働きは『私の耳に「南無阿弥陀仏」と声の相で現れる』という特徴があります。
 のどを振るわせ口を動かさせ、「南無阿弥陀仏という名号」を出させて私の耳に声の相で現れます。

 これは、私が行う行為ですが、それをさせる働きが名号にはプログラムされています。
 それは、ジェットコースターの動きが、私の身体を前後左右上下に動かす如くに、全く阿弥陀仏の側の働きしか有りません。

7月法話「阿弥陀様の切ない願い」

阿弥陀様の切ない願い

            高林寺住職 菅原智之

 

□神戸大空襲と阿弥陀様

 

 本来阿弥陀如来は金色に輝くお姿の筈ですが、当寺の御本尊は黒いお姿です。

それには以下のような悲しい謂われがあるのでした。当寺へお越しになる前は、兵庫

県芦屋市の御本尊だったのです。

 

 1945年3月17日と6月5日、阪神地域は激しい空襲を受け、五大都市では最

悪の被害となりました。「ガラスのうさぎ」(野坂昭如作)はその悲劇を元に描かれて

います。8800余名が死亡し、15万人が負傷、焼失家屋15万戸。それは正に、

エゴとエゴがいがみ合いぶつかり合った末の悲劇でした。

 

 芦屋の御住職は阿弥陀様を地中に埋め、本堂は焼失するも難を逃れました。しかし

地表の熱で黒色化。

 阿弥陀様は地上の地獄絵を、人々の叫びと絶望と怨みと涙を、そして人間という存

在の悲しみを、その黒いお身体に刻みつけたのでした。

 

 縁あって前住職が譲り受け、松戸の当寺へお越しくださいました。そしていつまで

も「何処までもエゴを振り回す、煩悩愚足の凡夫を必ず救う」と、願いつづけおはた

らき続けてくださるお姿であります。

 

 

□エゴの方程式

 

 4月は北朝鮮とアメリカが一触即発。間合いをつめる米空母部隊。「ミサイルが飛

んで来るぞ!」と警報が鳴り「戦争はこうやって始まるのか」とさえ覚悟しました。

 結局人類の進歩とは、兵器のことだけだったのか…。「やられる前にやってしま

え」という意見についつい同調してしまうお互いではなかったでしょうか。それに

よって引きおこされる惨劇には目を瞑って。

 

 「我が身可愛さの煩悩」を抱えた我々は、究極的に「私の為に、あなたは犠牲に

なって…」という方程式から離れられません。悲しい我が姿です。

 

 

□宗教という理念

 

 仏教の平和観を、開祖お釈迦さま(紀元前460年頃~380年頃)の言葉から紐解

いてみます。

 

 すべての者は暴力におびえる

 すべての者にとって生命は愛おしい

 それがゆえに

 自分の身にひきくらべて

 殺してはならない

 殺さしめてはならない

           ―ダンマパッダ

 

 仏の教えが行き渡る所は「兵戈無用(ひょうがむよう)」

 兵士も武器も必要なく、抑止力も不要である

        ―無量寿経意訳

 

 でも現実世界は暴力が蔓延しています。「だから現実的に武器は必要であって、

『殺してはならない』や『兵戈無用』は所詮「建前」でしょうという」という思いが

無いと言ったら嘘になります。

 

 「建前」とは、家屋の建築で棟や梁などを組み立てること。

 社会に当てはめれば、その骨格となるのは理念である。(中略)

 安定した社会は、「平等」「自由」「正義」といった理念の上にしか成り立たない。

 「これを崩したら社会はもたない」という危機意識に裏打ちされていなければ「建

前」はもたない。

  だが、そういう意識の共有がおそろしく難しくなっている。

           哲学者 鷲田清一さんの言葉

 

「宗教という理念」。それを失うと、「我が身可愛さの煩悩」を抱える自我は必ず増

長します。「理性」も、その私から出でるものですから、基準値は簡単に上下し全く

当てになりません。そして自我がぶつかり合う悲劇を人類は繰り返してきました。

 

 

□お慈悲にお育てを戴く

 

 仏教では、傷つけあう世界を「娑婆(しゃば)=堪え忍ぶ世界」と呼びます。その

娑婆に住む私に届く救いの光。それは「全ての命は、お浄土へ生まれ仏となる尊きも

の」と「平等」にはたらく阿弥陀如来の願い。「南無阿弥陀仏」と、私の言葉に成っ

てくださった仏さま。自分の都合ばかりをまくし立てるこの口から出てくださいま

す。そしてそのまま私の耳へと届いてくださいます。「あなたを必ず救う」と。

 

 煩悩具足の私のために阿弥陀様の悲しみと救いのはたらきがあったと

そのお心を聞かせて戴くとき、大いなる温もりの中であったことが知らされます。そ

れに出遇うところに、育てられ、促され、「このままの私では駄目だ」と目覚めて行

く歩みが始まります。共に如来のお心を聴聞して参りましょう。   合掌