浄土真宗千葉組

千葉県にある浄土真宗本願寺派(お西)の活動を紹介しています。

法話

10月法話「浄土真宗における修行とは」

浄土真宗における修行とは

光䑓寺 八田泰

浄土真宗に「修行」はあると思いますか?仏教=修行のイメージが強いのではないでしょうか。

修行と言うと、座禅や滝に打たれる・断食等をイメージするかと思います。これらは「自力(じりき)」と言って自分の力で日々の悩みや欲望等を乗り越えていく修行の一つです。真言宗や曹洞宗など日本仏教の殆どが自力の宗教です。

では浄土真宗はどうでしょうか。日々の悩み、欲望からは離れることは出来ず、満足に修行を達成することは出来ません。その私を見越して、私ではなく阿弥陀如来が修行を達成されたのです。これを「自力」ではなく「他力(たりき)」といいます。

では、阿弥陀如来が修行をしたから何もしなくてもいいのかと言われればそうではありません。阿弥陀如来がどうして我々をすくおうとされたのか、どのようにしておすくい下さるのか、そのおいわれを聞かせて頂くのです。

 簡単に言うと、お経を読むこと・法話を聞くこと・仏教等の勉強をすること等、仏教の教えに触れる事全てです。誰でも出来るものです。難しく考えず、ドンドンして貰いたいと思います。

その中でも、浄土真宗の中で阿弥陀如来のおいわれを聞かせて頂く重要なことは何でしょうか?「聴聞(ちょうもん)」です。聴聞とは仏教や浄土真宗の教えの話し(法話)を聞くことをいいます。皆さん方はもちろんですが、我々僧侶も聴聞が一番大事と言われています。私もいつも色々な人の法話を聞いています。また、手軽に始められるように、今回のようにインターネット等に法話などを掲載していたり、浄土真宗の教え等を掲載していたりします。こういったものを読むことも大事なことです。

御同朋(おんどうぼう)御同行(おんどうぎょう)という言葉があります。この言葉は、浄土真宗の教えを信じている人は皆仲間であり、上下関係等もないと言う意味です。僧侶も皆さんも一緒です。一緒に聴聞し、一緒に浄土真宗の教えに触れ、一緒に悩みを解決しようとすることが浄土真宗です。皆さん方は悩みや迷い・疑問等を持っていると思います。それらを晴らすために色々な法話を聞いていると思います。我々は阿弥陀如来がどうして我々をすくおうとされたのか、どのようにしておすくい下さるのか、そのおいわれを法話しているのです。阿弥陀如来の話をするのが法話であります。難しくわかりづらい法話もあるかと思いますが、色々な方の法話を聞いていると、以前わからなかった事がわかるようになってきます。肩肘張らず、気楽な気持ちで法話に接して貰いたいと思います。皆さんと今後も一緒に聴聞して行きたいと思います。これからも聴聞という名の修行に励みましょう!!

9月法話「阿弥陀仏の慈悲のお心」

「阿弥陀仏の慈悲のお心」

天真寺副住職 西原龍哉

 

お経には、何が説かれているでしょうか。そこには、仏様になる教え、仏様の願いが説かれています。『仏説無量寿経』には、「一(いっ)切(さい)恐(く)懼(く) 為(い)作(さ)大(だい)安(あん)(一切(さい)の恐(く)懼(く)のために 大(だい)安(あん)を作(な)さん)」と示されます。ここには、生死の苦におののきおそれを抱いているすべての人々に、その苦悩を超えて、大いなるやすらぎの心を与えてあげたいという仏様の願いが込められています。

 

お釈迦様は、苦悩を超える道として、二つの道を示されます。一つは、理想的人格を示し、戒律を授け、煩悩を取り除き苦悩を超えていく道。もう一つは、煩(ぼん)悩(のう)具(ぐ)足(そく)の私が、そのままで救われていく道です。親鸞聖人は、20年間にわたる厳しい修行を通し、煩悩を取り除くことは出来ない、いや煩悩こそが我が本性であると見抜かれました。そんな愚かな私だからこそ、阿弥陀仏は私を目当てに「我に任せよ」「あなたを救う」と呼びかけ願いをかけて下さっているのです。阿弥陀仏の慈悲のお心から生まれたこの願いに、親鸞聖人は自らの道を求める中で出遇っていかれたのです。

 

先日買い物に行くと、幼い娘さんとその母親が歩いていました。母親が先を急いでいると、後ろをついて歩いていた娘さんが転んでしまいます。母親はしばらく気づかずにいましたが、振り返って倒れている娘を発見すると娘の方へ駆け寄ります。その間、娘はじっと母親を見つめています。母親が娘を抱きしめて「どこが痛いの」と聞くと、娘は「膝を怪我したの」と大声で泣き出しました。娘は怪我をした痛みから泣くのではなく、母親の安心感の中でこそ涙することができたのでしょう。もし母親が「何で転んだの、バカだね」と言っていたら、娘は涙を流すことができずに痛みに耐えていたかもしれません。そんな光景に、阿弥陀仏の慈悲のお心を思いました。

 

現代の競争社会を生き抜いていくためには、立ち止まることが許されません。苦しみ、悲しみ、人に言えない内面を隠しながら走り続け、いのちが疲弊していきます。そのヘトヘトになった私のいのちに、阿弥陀仏は条件をつけることなく、「南無阿弥陀仏」の六字のみ声となって届いて下さいます。涙を我慢して頑張ろうとする私に、辛いね、悲しいねと寄り添って下さいます。泣きたい時には泣いていいよ、いつでも私の胸の中にいるんだよ、あなたのいのちの居場所になろうというのが阿弥陀仏の慈悲のお心です。そのお心に出遇ってはじめて、ホッと立ち止まり、次の一歩を踏み出す力がわいてきます。

8月法話

 雲妙寺住職 大善文彦

 ニュースで「香港のディズニーランドが、開園1周年を迎えた」とながれていました。
 日本のディズニーランドは、昭和58年4月浦安に開園してから、今年で34年と聞きました。
 最近は行くことも無くなったディズニーランドですが、以前に、「スペースマウンテン」や「スプラッシュ・マウンテン」に乗ったことがありました。
 初めて乗るときは、気持ちがわくわく気分でしたが、いざ動き始めると前後左右に身体が揺れて早いスピードにびっくりした思い出があります。
 あの「ジェットコースター」自体はプログラムされた通りに動いているだけなのですが、私にすれば、その予想外の動きに圧倒されました。
 ジェットコースターの働きが、私の身体を動かします。

 阿弥陀仏の前身は法蔵菩薩という菩薩様でした。
その菩薩様は、「いのちあるもの全てをお覚りの仏にする」という誓いを立てられました。そのうえに、重ねて誓いを立てられました。
それは「どんな境涯にいるいのちにも、わたしの名前を聞かせます。それが出来ないうちは、私は菩薩の状態のままでおります」というものでした。
そして、その方法を時間をかけて考えられて修業に入られました。

 修業に入られた法蔵菩薩様、そのご修業は継続中か、それとも終了されたかというのが大きなポイントです。
 法蔵菩薩のご修業が終わった時点で、私の成仏は決定するからです。
 その法蔵菩薩が、阿弥陀仏に成仏し終わってから、すでに十劫という時間が経過しています。

 私は、そのことを耳に入れる事なく、過ごしてきたのが私のいのちの歴史でした。
この度の人間境涯で、そのことを聞きそびれたならば、また迷いの世界にもどらねばなりませんでした。

 わたしを、お覚りの仏にする仏様があらわれたのです。
 阿弥陀仏という、仏様の働きは『私の耳に「南無阿弥陀仏」と声の相で現れる』という特徴があります。
 のどを振るわせ口を動かさせ、「南無阿弥陀仏という名号」を出させて私の耳に声の相で現れます。

 これは、私が行う行為ですが、それをさせる働きが名号にはプログラムされています。
 それは、ジェットコースターの動きが、私の身体を前後左右上下に動かす如くに、全く阿弥陀仏の側の働きしか有りません。

7月法話「阿弥陀様の切ない願い」

阿弥陀様の切ない願い

            高林寺住職 菅原智之

 

□神戸大空襲と阿弥陀様

 

 本来阿弥陀如来は金色に輝くお姿の筈ですが、当寺の御本尊は黒いお姿です。

それには以下のような悲しい謂われがあるのでした。当寺へお越しになる前は、兵庫

県芦屋市の御本尊だったのです。

 

 1945年3月17日と6月5日、阪神地域は激しい空襲を受け、五大都市では最

悪の被害となりました。「ガラスのうさぎ」(野坂昭如作)はその悲劇を元に描かれて

います。8800余名が死亡し、15万人が負傷、焼失家屋15万戸。それは正に、

エゴとエゴがいがみ合いぶつかり合った末の悲劇でした。

 

 芦屋の御住職は阿弥陀様を地中に埋め、本堂は焼失するも難を逃れました。しかし

地表の熱で黒色化。

 阿弥陀様は地上の地獄絵を、人々の叫びと絶望と怨みと涙を、そして人間という存

在の悲しみを、その黒いお身体に刻みつけたのでした。

 

 縁あって前住職が譲り受け、松戸の当寺へお越しくださいました。そしていつまで

も「何処までもエゴを振り回す、煩悩愚足の凡夫を必ず救う」と、願いつづけおはた

らき続けてくださるお姿であります。

 

 

□エゴの方程式

 

 4月は北朝鮮とアメリカが一触即発。間合いをつめる米空母部隊。「ミサイルが飛

んで来るぞ!」と警報が鳴り「戦争はこうやって始まるのか」とさえ覚悟しました。

 結局人類の進歩とは、兵器のことだけだったのか…。「やられる前にやってしま

え」という意見についつい同調してしまうお互いではなかったでしょうか。それに

よって引きおこされる惨劇には目を瞑って。

 

 「我が身可愛さの煩悩」を抱えた我々は、究極的に「私の為に、あなたは犠牲に

なって…」という方程式から離れられません。悲しい我が姿です。

 

 

□宗教という理念

 

 仏教の平和観を、開祖お釈迦さま(紀元前460年頃~380年頃)の言葉から紐解

いてみます。

 

 すべての者は暴力におびえる

 すべての者にとって生命は愛おしい

 それがゆえに

 自分の身にひきくらべて

 殺してはならない

 殺さしめてはならない

           ―ダンマパッダ

 

 仏の教えが行き渡る所は「兵戈無用(ひょうがむよう)」

 兵士も武器も必要なく、抑止力も不要である

        ―無量寿経意訳

 

 でも現実世界は暴力が蔓延しています。「だから現実的に武器は必要であって、

『殺してはならない』や『兵戈無用』は所詮「建前」でしょうという」という思いが

無いと言ったら嘘になります。

 

 「建前」とは、家屋の建築で棟や梁などを組み立てること。

 社会に当てはめれば、その骨格となるのは理念である。(中略)

 安定した社会は、「平等」「自由」「正義」といった理念の上にしか成り立たない。

 「これを崩したら社会はもたない」という危機意識に裏打ちされていなければ「建

前」はもたない。

  だが、そういう意識の共有がおそろしく難しくなっている。

           哲学者 鷲田清一さんの言葉

 

「宗教という理念」。それを失うと、「我が身可愛さの煩悩」を抱える自我は必ず増

長します。「理性」も、その私から出でるものですから、基準値は簡単に上下し全く

当てになりません。そして自我がぶつかり合う悲劇を人類は繰り返してきました。

 

 

□お慈悲にお育てを戴く

 

 仏教では、傷つけあう世界を「娑婆(しゃば)=堪え忍ぶ世界」と呼びます。その

娑婆に住む私に届く救いの光。それは「全ての命は、お浄土へ生まれ仏となる尊きも

の」と「平等」にはたらく阿弥陀如来の願い。「南無阿弥陀仏」と、私の言葉に成っ

てくださった仏さま。自分の都合ばかりをまくし立てるこの口から出てくださいま

す。そしてそのまま私の耳へと届いてくださいます。「あなたを必ず救う」と。

 

 煩悩具足の私のために阿弥陀様の悲しみと救いのはたらきがあったと

そのお心を聞かせて戴くとき、大いなる温もりの中であったことが知らされます。そ

れに出遇うところに、育てられ、促され、「このままの私では駄目だ」と目覚めて行

く歩みが始まります。共に如来のお心を聴聞して参りましょう。   合掌

 

6月法話「これさえあれば」

これさえあれば

照光寺住職 脇本正範

 

 私は、会社員の息子として生まれ、祖父が広島のお寺を営んでいます。社会人になり、浄土真宗のお坊さんになることを決めてからわたしにはいく場所もかえる場所もありませんでした。当時、祖父のお寺の本堂から見える境内の景色が大好きだったので何時間でも時間の許される限り縁側に座っていたものです。

 わたしはいつの日かどこかのお寺の住職になって「自分自身がそこにいてもいい場所」「そこに存在していても許される場所」をつくりたいと思いながら境内を眺めていました。また、誰かに「奪われたりしない」確かな場所を作るためにどんな道があるのか探し続けました。

 

 そのような日々のなかで新しくお寺をつくる仕事があることを知ります。中央仏教学院の特別授業でした。当初は挑戦する勇気がなかったのですが、菓子折りを一つ買って、築地本願寺の門をくぐり、都市開教対策本部と書かれている部屋のドアをノックしました。

 

ドアを開け自己紹介をします。

「備後教区世羅組照光寺の衆徒 脇本正範です。新しくお寺を作っていく仕事がしたくて参りました」と大きな声で挨拶しました。

 丸坊主の職員さんが来て「ここは少林寺ではないぞ」「何のアポもなしに来て採用されるはずがないやろ」とお叱りのお言葉を頂戴しました。

 それでも、いく場所もかえる場所もないわたしは必死になって「お願いします」と頼み込みました。

 「お前、おもろいな。話だけでも聞いたろ」

 都市開教という仕事に携わる四年前の話です。

都市開教とは「浄土真宗本願寺派のお寺のない地域に新しくお寺を作っていく仕事」です。何もないところから本堂を造りあげ門信徒数0人から「仲間」を増やしていく仕事はとてもやりがいがあると教えていただいたことを思い出します。

それから8年後、照光寺は新しく土地建物を購入するという目標を達成します。

落成慶讃法要で本堂に入堂するお坊さんの背中を見た時「この人がいてくれたからこそお寺ができたのだ」という思いで胸が一杯になりました。また、「この人がいなかったなら」と思った瞬間、涙が止まらなくなりました。

あなたにとってのこれさえあれば生きていけるものは何でしょう。

 大工さんであれば自分が使っている「大工道具」。この道具さえあればどこでも生きていけるという思いが生じるでしょう。

料理人であれば「包丁」と「料理の腕」でしょうか。「この包丁」と「料理の腕」があればどこでも生きていけるという思いになるに違いありません。どのような環境であっても世間で生きていくにあたって「わたし」にとって「これさえあれば生きていける」何かがあるはずです。

いく場所もかえる場所もなかった「わたし」にとって「これさえあれば」の「これ」は「お念仏」でした。どのような状況になったとしても「だいじょうぶ」この如来さまがいらっしゃるのだから「だいじょうぶ」と阿弥陀様はいつでも「わたし」といっしょに歩んでくださいました。これこれ、この如来さまがいるから「だいじょうぶ」だ。生きてもいけるし死んでもいける。

この念仏を味わえる場所として、習志野の地に照光寺を建立させていただきました。わたしにとって、ついにいく場所、帰る場所が定まったのです。

お世話になった「あの人」も大好きだった「この人」もみんな、わたしといっしょにこの人生を生き抜いてくださいます。みなさまの「これさえあれば」の「これ」はいったい何でしょう。行く場所も帰る場所もわたしが考えるよりも先に整えて、わたしたちの一生を阿弥陀様はともに歩んでくださいます。

5月法話 浄土真宗の法事「仏法が大事」

浄土真宗の法事「仏法が大事」

 

見敬寺 塚田慧明

 

例年に比べて今年は桜が咲くのが遅かったような気がします。入学式を終えたこの時期

でもまだ散っていない桜の花が窓の外に見えております。

 私は、桜の花を見ているといつも思い出す相田みつをさんの詩があります。

 

美しい花を見た

美しい花は美しい枝についている

美しい枝は美しい幹についている

美しい幹は美しい根っこがささえているにちがいない

その根っこは見えない

その見えないところに大事な点がある

 

 美しい花は美しい枝に咲きます。美しい枝は立派な幹からでています。立派な幹にはし

っかりとした根があります。大地にしっかりと根をはっているからこそ風や雪にも耐え

られるのです。しっかりとした根がなかったら花を咲かすどころか樹自身も枯れてしま

います。その大事な根は地面に埋まっていて外からは全然見えませんが、この見えない

ところに一番大事な点がある・・・と相田みつをさんは仰せになられております。

 

 仏法をいただくということも、この根をはるのと同じことだと思います。とかく私た

ちは名誉や地位や権力といった目に見える表面だけを大切にしがちです。この目に見

える部分ではなく、目に見えない部分をおろそかにしてはいないだろうか。目に見え

ない部分、すなわち心の世界です。この心の世界を充実させていくことが仏法をいた

だくことではないかと思います。仏法という地面に心がしっかり根をはってこそ、

うるおいある人生が開けてくるのであります。

 

 お寺ではどうしても土曜・日曜に法事が集中してしまいます。段取りをする側は色々と

皆の都合を合わせるので仕方のない事なのですが、それをマネジメントする寺は皆が昼時を

希望するから大変です。それこそ土曜・日曜のお昼争奪戦です。早い人では一年前から法事

の予約をされる方もおられます。「12時に料理屋を予約したので法事の開式は11時にお願

いします・・」「料理屋のバスの迎えの時間が迫っているからお経も法話もなるべく短めに

お願いします・・」等々

 

 ご門徒の自宅で法事をお勤めしている時も、法話の最中にインターホンがなり「○○屋

です料理をお届けに来ました」となると施主がバタバタしはじめ法話どころではなくなっ

てしまいます。法事ではなく食事がメインになってしまっている現状が多々見受けられま

す。

 

 私たちは普段何気なく法事という言葉をつかっておりますが、法事という言葉は省略語

でして、法事の「法」は仏法の「法」であります。法事の「事」は大事の「事」というこ

とですから、すなわち「仏法を大事にしなさいよ」というのが法事という言葉の本来の意

味合いなのです。

 亡き人を偲び食事をするだけではなく、亡き人を偲ばせていただきながら私たち一人一人

が仏法をいただくために勤まるのが法事なのであります。

 法事の中心はあくまでもこの私です。亡き人をとおして私が学ばせていただかなければ

なりません。では一体亡くなった人から何を学ぱせていただくのか・・・?

 それは「この私も必ず死ぬぞ」ということです。どんなに医学が進歩しようとも、どん

なに科学が進歩しようとも、この世に生命(いのち)をいただいた以上、死亡率は100%

なのです。早かれ遅かれ骨になり遺影と一緒に祭壇に飾られることになるのです。そのこと

を踏まえて、その祭壇を前にして私たちは何を考え、何を学ばせていただくのか・‥

この私の生命(いのち)を見つめ直す場が、法事という仏事なのであります。あくまでも

食事は二の次でいいのです。

 

 人は亡くなると必ず残すものが二つあるといわれております。一つは骨、二つは思い出

です。どうせならいい思い出を残す人生を歩んだ方がいいと誰もが考えます。いい思い出

を残すためには、自らがうるおいある人生を送らなければなりません。

 仏法を学ばない人・聞かない人はひとたび逆境のふちにたたずむと、悲観し絶望してな

かなか立ち上がることが出来ずに生きるすべを失ってしまいます。

 ところが仏法を聞いている人は、困難に直面してもただいたずらに嘆き悲しむのではな

く、悩み・苦しみの中から逃げることなく、悩み・苦しみの中に阿弥陀如来という仏さま

に導かれて人生を歩むことが出来るのであります。「決して見捨てず救う」と誓いをたて

てくださっている仏さまが阿弥陀如来という仏さまなのです。

 

 阿弥陀如来という仏さまに全く興味などないかもしれませんが、私は興味がなくても仏

さまの方が私に興味を持ってくださっています。私のことを「放っておけないよ」と幼子を

見守る親のように私によりそっているのです・・・。

 「ああそうであったか、私のために働いてくださっている仏さまだったのか」といただ

けた時に、うるおいある新たな人生が開けてくるのです。

4月法話「春はいろんな始まり」

春はいろんな始まり

本覚寺 小林智美

 

4月は始まりの月になることが多いですね。

年度はじめを今月にしていたり、入学式があったり。

実は、つい少し前まで学生だったと思っていましたが、もう、随分前の事でありました。

先輩方の「1年が早い」をだんだんと理解し始めたことに、驚いています。

 

さて、桜の花が今年も咲き始めました。

今年の桜を見る気持ちは、いつもと違う思いでおります。

と言いますのも、最近とてもお世話になったおじちゃんがお浄土へ往生されました。

人として命がある以上、避けられないのは知ってはおりますし、私もいつかは参らせていただくとは聞かせていただいておりました。

しかし、いざ、この縁がやってくるとどうでしょう。身近であればあるほどに色んな感情が湧き起りました。正直、こんなに自分がうろたえるとは思っていなかったのですが、言葉で表せないほど涙がたくさん出ておりました。

 

浄土真宗の教義は「この世の縁が尽きるとき浄土に生まれて仏となり、迷いの世に還って人々を教化する」とありますので、おじちゃんはたった今、仏として活躍の真っ最中です。

しかし、それが私に直接見えていればよいのですが、見ること、触ることはできず、分からずにいます。

 

ご開山、親鸞聖人は正信偈の中で「大悲無倦常照我」と仰いました。

仏さまは「倦きことなく」常に私を照らして下さっている。「無倦」は、飽きてしまう「倦怠期」の倦ですから、「決してあきることなく、やめることなく」ということです。

 

たった今、おじちゃんは私にむけて光を照らしてくれている仏さまです。決して、「死んでお終い」でなく、私が煩悩に眼を覆われてわからなくても形を変えて仏さまとなって私に関わってくださっています。

春は、始まりの季節です。おじちゃんが仏となって初めて迎える春です。

ずっとずっと、お世話になり続けたおじちゃん、ここからまたお世話になってまいります。

大悲無倦常照我

おじちゃんがよく教えてくれた言葉でした。

親鸞聖人がお示しくださったこの言葉を通して、悲しみの別れだけではなかったのだと、改めて頂戴した次第です。  なもあみだぶつ。

3月法話「不可思議な世界」

「不可思議な世界」

 

大願寺 横田裕晃

 

先日、家族でディズニーランドに行ってきました。そこにはミッキーマウスというかわいらしいネズミのキャラクターが出迎えてくれました。

一日遊び、家に帰ってお風呂に入ると、子どもたちが「お父さんのおでこにもミッキーがいる」と言うのです。最初は何を言っているのか分かりませんでしたが、私のおでこを見て、言っていました。そう、私のおでこの髪の毛の生え際が上がり、ミッキーの耳の形に見えたそうです。私のそれはミッキーほどかわいくないですが・・・

 私は好き好んでおでこをミッキーにしているのではありません。私の意志とは関係なしにミッキーになっているのです。私のおでこと思っていながら、私の思い通りにならない。はたして私のおでこなのでしょうか?私とは何なのでしょうか?

 皆さんは自分自身について考えたことはありませんか?自分の力でこの世に生まれてきたでしょうか。 「今から出ていくから待っててね」といって生まれてきた人はいないと思います。気がつけば私として生きていたのです。いいかえれば、自分で自分のいのちをつくった人は一人もいないと思います。もしできるのであれば、私はもっと身長を高くしたり、顔をかっこよくしたり、性格を良くしたりしたいものです。しかし、思い通りにならないのです。私のものだと思っているけれども、私の力、私の意志では思い通りにならないのです。それを仏教では我にあらず、「非我」「無我」というのです。

そして私は、自分の意思によらないでどんどん変わっていきます。これを「無常」というのです。無常というのは、常ではないということで、たえず変化するということです。私の意志によらないで、勝手にどんどん変わっていく、そうすると、これは自分の思うようにはなりません。思うようにならないこと、これを「苦」というのです。どんどん自分の意志に関わりなく変化をし、思うようにならない。そのような世界に私たちは存在しているのです。私たちはいったいなぜ存在しているのでしょうか。

阿弥陀如来という仏さまは、思うようにならずに苦しんでいる私を、思うようにならないことを思うようにしようとして苦しむ私をすくいたいと仏になられたのです。この阿弥陀如来のすくいのはたらきを親鸞聖人は「不可思議」と言われました。思議すべからざるはたらきにおいて、一切は存在するのです。私も、皆さんも、自分の意志でも、自分の力でもない、不可思議きわまるはたらきにおいてはじめて、いのちを与えられ、体を与えられ、心を与えられ生きているのです。不可思議なはたらきによって生かされているのです。そしてそれは、私一人のいのちがそうなのではなく、一切すべてのものが、不可思議なはたらきの中にいるのです。

 ディズニーランドは夢の世界ですが、われわれは不可思議な世界に生かされているのです。その不可思議なる世界にめざめて、我あり、我がものあり、我が力ありという、とらわれの心に気づき、あらゆるものを尊ぶ心を恵まれて、人間のもっている自分さえよければという我執を翻して生きよとはたらきかけられているのです。

2月法話 「誕生日」

「誕生日」

法光寺住職 隆康浩

 

 2月19日は、私の誕生日です。

 

 以前より親から聞いているところでは、本当は2月に生まれる予定ではなく、予定日は3月末から4月初頭だったそうです。ところが2月に入って大雪が降ったため、境内に積もった雪を母親が雪かきしていたところ、急に産気づいて予定より1月半早く私が生まれてしまったのだそうです。

 

 そのため生まれたときの体重は1700グラム余りしかなく、当時2500グラム以下の新生児は未熟児と言い、40日ほど「保育器」というガラスケースに入って育てられました。もちろん記憶など残っていませんが、当時の写真を見ると、ケースの中の赤ちゃんは本当に小さくて、これが自分なの?と驚くばかりです。

 

 親はとても心配したそうで、母の方が私より先に退院したので、毎日病院まで様子を見に来てくれました。「こんなに小さく生まれてしまって、この子は無事育つのだろうか?健康に大きくなってくれるだろうか?」そう思い、未熟児に関する本を買ってきて読んだそうです。その本によれば、未熟児の子どもも大体は問題なく成長しているし、中にはスポーツ選手になった人もいる、とのことでした。

 

 早くに生まれてまだ名前が決まっていなかったので、親は「そうだ、これだ。この子もおそらく大丈夫だとは思うけど、何はなくともとにかく健康に育ちますように」それだけを願って、名前に健康の「康」という字を入れたそうです。そんな経緯もあってか、元気に健康に育てよと、周囲から願われ支えられ生きてきたのは間違いないことだと思います。

 

 しかし、この誕生日に、親からかけられる釈然としない言葉が一つありました。それは、「誕生日は、みんなに御祝いしてもらう日じゃなくて、ここまで育てられたことをみんなに感謝する日ですよ」というもの。もちろん、家族にお祝いされなかった訳でもありませんが、「他の友達は、みんな家族から御祝いしてもらう日で、誕生パーティーを開く子もいるのに、なぜ自分だけは周りに感謝する日なのか!?」と、どこか心に引っかかってすっきりしない気持ちがあったのです。

 

 それから数十年が過ぎ、今では自分も親と同じ2人の男の子を持つ身となりました。以前、子どもが高熱を出して夜通し横について看病していた時、ふと思い出したことがあります。それは、自分も同じようなことがあったと聞かされていたことです。

 

 私が3才位の頃、40度近い高熱が続いたことがあり、親は心配して私に聞いたそうです。「大丈夫か?つらいか?」。その時私はこう言ったのだそうです。「もうダメかもしれない。死んじゃうかもしれない…」。その言葉に親はとにかくビックリして、大丈夫だとは思うけど本人が言うのだから万が一大変なことになってはいけない、そう思って夜通し必死で看病してくれたそうです。

 

 その時思いました。そうであったな。自分もこのような親のまなざしに見守られ育ってきたのだな。今自分がその立場になってあらためて気づかされます。いや、親だけではありません、様々な人々、様々な動植物、水や空気や大地や色々なものの中に、この私が育まれてきたことを忘れてはならないなと思うのです。そう考えると、今になってあの親からかけられた言葉が素直に受け止められるようになった気もします。

 

 浄土真宗の教えは、「南無阿弥陀仏」に尽きると申します。「南無」とは「まかせる」こと。「阿弥陀」とは「はかり知ることができない」ということ。はかり知ることができない無限の時間と空間の中に、たまたまご縁あってこのいのち恵まれ、様々なものの中に育まれて生きて、そしてこのいのち終わっても必ず引き取られていく安心の世界があるということ。この私も、はかり知れない色々なものの中に支えられ思われこのいのちがあったこと、そんな大きな世界の中に身をゆだねて自分らしく生きていくばかりと聞かせていただく時、ただただありがたいことであったなと感謝するばかりです。

 

 2年前、長男が10才になる誕生日、手紙を書きました。最近10才は、20才の半分だから「2分の1成人式」なるイベントをする地域や学校もあると聞きます。半分とはいえ、大人に近づく息子に何か伝えたいと思っていたときに思い返したのが、あの言葉でした。

 

 「誕生日は、みんなに御祝いしてもらう日じゃなくて、ここまで育てられたことをみんなに感謝する日ですよ」

 

 あれほど自分が釈然としなかった言葉を、まさか息子に伝えたいと思うようになるとは…不思議なものです。でも、それだけ大切な意味を持つ言葉だったと思いますし、その意味がこの歳になってやっと自分にも至り届いたのかもしれません。同時に、どれほど親がきちんと自分に向き合って伝えてくれた大事な言葉かと、今になると感謝するばかりです。

 

 その手紙を読んだ息子は「何のことやら!?」とキョトンとしていましたが、いつかまたその言葉の意味を自分自身で味わっていって欲しい。自分が大きな世界の中に包まれ生かされているいのちだということを、気づかせていただく時がきたら嬉しいなあと思っています。

 

 「お父さん、お母さん、みなさん、ありがとう!南無阿弥陀仏!!」

1月法話 迷信

  『迷信』

真光寺 正木 信明

 

先日のことです。私の後輩(30代前半)が新車を購入すると言うので、相談を受けました。突然、

『正木さん、お願いがあるのですが・・・新車登録にあたり車のナンバーを決めて頂きたい』

と話し始めました。私は思わず

『どうして僕に頼むの?愛車なのだから自分の好きな数字にしたら?』

と答えると、お坊さんに決めてもらえば事故やケガが起きない!と話すのです。そこで私は『それでは、自分の誕生日の数字にしたら?』

と言うと彼の誕生日は4月4日とのこと。

『№44じゃ最悪でしょう』

と言う。彼は4=死 と捉えているようでしたので、

『4と4を合わせて、しあわせ!と言う人もいるし、親からいただいた大切な命の誕生日が4月4日。おめでたい日じゃないか?』

と話すと急に笑顔になり

『そうですね。そう考えたら楽になりました。今回は№44にしてみます』

と言い、後日納車された新車のナンバーは本当に44になっていました。数字の考え方一つでこんなにも変化できるとは正直思ってもいませんでした。根拠のないものを信じなくて良かったね!お坊さんが数字を選んでも事故やケガは起きるときは起きるよ。安全運転をね!と二人で笑いました。

 

また、数年前のある朝の出来事です。私の娘が小学生の時、朝の占いのコーナーを見て

『今日は最悪だぁ』

としょんぼりしていたので、どうしたのか尋ねると

『私の星座(12/24生まれのやぎ座)が最下位の12位だから今日は良いことがない』

と話すのでした。

 夕飯時に娘に

『今日は学校で良いことあったか?』

と尋ねると満面の笑みを浮かべ

『聞いて聞いて~。今日ね、クラスの席替えがあって○○君の隣になったんだよ。もう最高!』

と喜んでました。○○君とは、娘が好きな男の子のことらしく、私が

『そんなに嬉しいことがあったのだから今朝のテレビで占いが最下位だったけど、あの占いは当たらなかったんだね』

と聞くと

『あんなの迷信、迷信!』

と笑いながら答えてました。

『自分にとって良いこと、悪いことはどんなときにでも急にやって来る。自分が良くたって中には悲しんでる友達もいることを忘れてはいけないよ。占いなどに振り回されないようにしないとね。』

と話しましたが、実際に娘が迷信の意味を理解しているとは思いませんが、今後の大きな一歩になると思いました。

 

このように私たちは、自分に起こってきた事柄を自分の都合に良い事と悪い事、大切な事と邪魔な事、そんなふうに分けています。自分に都合の悪い事は排除しようと考えながら生きてしまうことがあります。自分の都合に合うか合わないかというのは身勝手な判断に基づく分け方ではないでしょうか。そのような人間の身勝手さの深い闇を照らし、仏の智慧の光のはたらきを自らの拠り所としていくとき、どのような問題が起ころうとも、そのことに対しての好き嫌いを超えて、事実を真っ直ぐに受け止めて生きていけるのです。

 

私たちの日常生活の中には、昔からの言い伝えや占いや六曜などがあり、このような『迷信』に振り回されて生きていることに直面します。こういうものの考え方は私たちの生き方をどんどん窮屈にしてしまいます。逆に、そういうものに捉われず振り回されないことで自分の人生を精一杯輝かせて生きる道があるのです。その道を親鸞聖人はお念仏の道として示されています。『念仏者は無碍の一道なり』と。何物にも邪魔されることのない一途の道を歩むことが仏様の真(まこと)の心に目覚めた者の姿でしょう。