浄土真宗千葉組

千葉県にある浄土真宗本願寺派(お西)の活動を紹介しています。

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11月法話「人間は偉いものではない、尊いものなのです。」

人間は偉いものではない、尊いものなのです。

宗真寺前住職 石川慶子

 

 宗真寺の門前に一本のいちょうの大木があります。秋が深まるにつれ色づいて、ちょうど11月末の報恩講のころに、まるで光を放っているような黄金色に染まります。それより前から銀杏の実がしきりに落ち出し、風が吹けば地面は敷きつめたかのように銀杏だらけ、うっかり歩くこともできません。小粒の実は拾い手もなく、私たちには困りもの。毎朝ひたすら掃いて、木の根もとに積み寄せておきます。

 季節が移ると、何とその夥(おびただ)しい量の実が一斉に芽をふき、気がつけば一人前の葉をつけた10センチばかりのいちょうの木になっている。何百何千本のチビいちょうの森ができるのです。その一本一本のうちに、親木と同じ大木になっていく“生命(いのち)の力”が備わっているのでしょう。

 けれども実際には、寺の門前がいちょうの大森林に占領されるという心配はありません。ここの10センチのチビいちょうには大木に育っていく“縁”がないからです。

 

 生物学者、福岡伸一さんがこんなことを書いていました。『私たちの生命は、どんな風土のもとに誕生するか全く分からないし、誕生後どんな外敵にさらされるか分からない、病原菌やウイルス、化学物質……みな想定外の事態。それに対し“私たちの生命の側”はDNAの組み換えや積極的な変化によって、百万通り以上の抗体を準備して受けて立つ。この中のどれかが、いざという時に役立つようにと。大半の抗体は、出番のないまま終わるのだ。つまり“生命”は大過剰と思える程の準備をして誕生する。だからこそ様々な風土に適応し生き抜いていく』

 

 科学にはとんと疎(うと)い私には、門前のいちょうと福岡博士の話が、“大過剰”の一点で結びついてしまいました。ひとつの生命体の背後に、大過剰ともいえる程の生命の働きが広がっていた、という驚きと感動。

 私たちはいわば、たまたま得がたい縁を得て大きくなれたいちょうの木です。数限りない生命の形態がある中に、「人」として生まれ育ってきました。そしてこの私の生命が誕生するには、周到な、生き抜く為の準備が既になされていたのです。(ここで触れた抗体の話は、その準備のほんの一例に過ぎません)

 この“縁”の貴重さと、生命の不思議さをすっかり忘れて、私たちは、親に産んでもらい自分で生きてきた、と思ってしまうのではないでしょうか。

 

 私の外にも内にも満ちている大いなる力―――「はかり知れない無量のいのち(・・・)のはたらき」としか言いようがありません。

 「人は偉いものではありません。でも尊いものです」という安田理深師のことばにうなづくばかりです。

10月法話「「迎える我が家」  ・・・本願に惹かれて・・・」

「迎える我が家」  ・・・本願に惹かれて・・・

             稱名寺 長井正道

 

先日、20代に独身寮で一緒に暮らした同僚2名が、寺を訪ねてきてくれました。

定年を過ぎて60代後半となり、昔を懐かしむ歳になったのでしょうか。年賀状のやり取りはあったものの、お互い違う世界(業界?)を生き、もう会うことは難しいと思っていました。

37年ぶりの再会に、お互い、生きてきた軌跡を語り合いながら、なんのプラスにもならないであろう私の存在を、よくぞ忘れずにいてくれたものと、胸が熱くなりました。

 

つい先日までは、人生を何一つ楽しむことなく、子育てだけに人生を費やす親が普通でした。自宅で、年老いた親が一生を終わるとき、子供たちが枕元に集まって別れを惜しみます。その子供たちの姿に、親は、自分の一生が無駄ではなかったと実感したに違いありません。

終わっていく人の一生が、実りあるものとなるか、空しく終わるかの分岐点が、私を迎え入れている世界=帰る家の有無にあります。

 

昔話に「浦島太郎」があります。

浦島太郎は、いじめられていたカメさんを助けた結果、竜宮城に案内されます。竜宮城は、タイやヒラメの舞い踊り。バブルの真っ盛り、人間の幸せ実感タイムでした。

やがて帰路につきます。海岸でお土産の玉手箱を開けた浦島太郎は、立ち上る煙と共に

あっという間にお爺さんになりました。(ここからが仏教です)

その後、我が家を目指します。ところが、どこにも目指す我が家がありません。街並みが変わって、家族も知り合いも見当たりません。身の寄せ所を失ってしまいました。

 

身の寄せ所を失う場面をさらに拡大したのが、「姥捨て山」伝説です。村のお年寄りが山奥に置き去りにされる話ですが、実は、山奥に連れていかれる必要はないのです。町のど真ん中で、家族に囲まれて、山奥に一人取り残されるほどの孤立感を味わう話として読めると思います。

 

私もこの孤立を実感する年になってきました。昭和26年生まれで現在67歳。田舎の小寺の次男坊です。戦後の日本がまだ貧しかった頃です。着ているものは、兄のおさがり。ズボンは、誰もがおしりと膝小僧に継ぎ接ぎがされていました。特別な遊び道具もありませんので、かくれんぼ・鬼ごっこ・縄跳び・ビー玉・メンコ等が日常の遊びでした。やがて野球が流行り始めます。とは言え道具はありません。

毎日通う、子供相手の駄菓子屋さんに布製のボールが売っていました。小さな布の切れ端を何枚も縫い合わせたボールで、素手で使えます。近所の竹藪から切ってきた竹のバットを振り回しての野球ごっこでした。

そうこうしているうちに、戦後最初の高度経済成長期に入ります。池田勇人首相の「所得倍増計画」政策により、稼ぎの良い家とそれ程でもない家ができます。余裕のできた家の子は、グローブやバットを持ち始めます。私も欲しいのですが、親にはなかなか言い出せません。

父は7人兄弟、母は5人兄弟、私からすると10人の叔父叔母に囲まれて育ちました。

この叔父叔母が、毎年夏休みになると、その子供(私からすると従兄)を連れて里帰りに来ます。歩いて5分で海という立地で、海水浴に来るのです。前もって手紙を書いて送っておくと、里帰りのお土産にそれが頂けるのです。グローブ・バット・キャチャーミット・野球盤、すべて手に入れることができました。

 

私の両親が10年ほど前に亡くなりました。それに前後して、この可愛がってもらった叔父叔母も次々と亡くなりました。それぞれの家庭が世代交代し、子供の頃からの経緯は誰も知りません。子供の頃からの共通体験があり、会話が心に響き肯いてもらえる場が消えてしまったのです。

山の中に一人取り残された孤立感、そのままです。ジワッと辛いことです。この感じがよく実感できる年になりました。気兼ねなくいけた親戚が、帰るところではなくなってしまうのです。親しい人が亡くなるとは、私の帰る世界を失う事でした。

『往生要集』に出てくる「天人五衰」そのままが、「浦島太郎」や「姥捨て山」の昔話でした。

 

此処に立って、私の帰る世界・身の寄せ所が切実な問題となります。

帰る世界は、事実として、じつは私の側には何の主導権もないのです。すべて、迎え入れる側の好意であると思い知らされました。

ここから、弥陀の本願浄土が響いてきます。本願は取り込みの世界です。覚った側の思い・親から子への思いがすべてです。

 

お釈迦様の言葉に「アジャセ王のために、涅槃に入らず」があります。

父・ビンビシャラ王を殺害し、母・韋提希夫人を幽閉、クーデターによって権力を握ったアジャセ王。その後体調を崩し、心も体もボロボロになっていきます。国中の医者や占い師に見てもらうも回復しない中、部下であるギバ大臣はお釈迦様に会うことを勧めます。しかし、殺害した父、幽閉した母はお釈迦様の大の信者であり外護者です。お釈迦様に詰問・叱責されることは目に見えています。

この状況下、苦しさに耐え切れなくなったアジャセ王は、お釈迦様を訪ねます。

アジャセ王を迎え入れたお釈迦様の発した言葉が「アジャセ王の為に涅槃に入らず」でした。あなたのことが心配で、顔を見るまでは、自分にとって一番心地の良い、悟りの世界に戻る訳にはいかなかった。よく訪ねてきてくれた。

この一言でアジャセの立ち位置(迎え取られている世界)が決まり、心は翻り解き放たれていきます。後にアジャセは、「この救いの喜びを伝える為なら、地獄に落ちても後悔はない」と言い切ります。

「アジャセ王の為に、涅槃に入らず」は、本願の取り込みの世界を一言でいい切った大好きな言葉です。

 

同じ世界を表現した童謡に「かあさんの歌」があります

かあさんが夜なべをして     手袋編んでくれた  

木枯らし吹いちゃ冷たかろうと  せっせと編んだだよ         

故郷の便りが届く        囲炉裏の匂いがした

お母さんが、寒さをこらえ乍ら働く子供の姿を想像し、手袋を編み、送り届けたのです。

囲炉裏の傍で編んだ手袋と書かれた手紙の匂いにふれ、囲炉裏端に繰り広げられた子供の頃の一家団欒の光景を思い出したのです。帰ることのできる世界に触れた一瞬でした。

 

お念仏を通して告げられているアミダの思い。取り込みの思い。ここが基になって、帰る世界が成り立つのです。

初老の現実が重なる中、本願の響きに惹かれながらの日々が続きます。

9月法話

9月法話

延覚寺 野口隆顕

は、築地本願寺に行くとき電車を利用するのですが、ある時電車の発車ぎりぎりに飛ぴ乗ることがありました。その時は「まにあった」と安心したのですが、電車が動き出してから車内アナウンスで「乗客のみなさまにお願いいたします。駆け込み乗車は大変危険ですのでおやめください」とアナウンスされました。

 

その時私は「ああ自分のことを言われた」と恥ずかしくなりました。電車を利用した事のある人は一度くらいこのアナウンスを聞いたことがあるのではないでしょうか。

 

この時、乗客のみなさまと言われていても自分のことと分かっているので、これはあなたのことですよとアナウンスを聞いているのですが、電車に乗っている時に同じ放送を聞いたら「誰か駆け込み乗車したんだな」と思うだけで自分には関係ないと聞き流してしまいます。

 

『歎異抄』に親鸞聖人のおっしゃっていたこととして「弥陀五劫思惟の願をよくよく案ずればひとへに親鸞一人がためなりけり」

意訳すると「阿弥陀如来が五劫もの長い間、迷いの衆生を救わんがために思いをめぐらして建てられた本願をよくよく考えてみれば、それは親鸞一人を御救いくださるためであった」

 

後に続けて「思えぱこの私はそれほど重い罪背負っている身であるのに、救おうと思い立ってくださった阿弥陀如来の本願のなんともったいないことであろうか」とおっしゃっています。

阿弥陀如来の本願を我がこととして受け止められたのが親鸞聖人です。そして教えを説かれる時も他人事ではなく我が事として信心を語られていたのではないでしょうか。

 

浄土真宗では「聞法」ということを大切にしています。しかしこの時にどれだけの人が「自分自身の問題として御教えを聞いているか」と聞かれるとなかなか答えづらいのではないでしょうか。法話を聴聞していても「ああこれはあの人のことだな」などと考えて、自分のこととは思っていないのではないでしょうか、聞法とはそうではなく聞かせていただくほどに罪深い自身の姿に気づかされる。そんなわたしのためにこそ阿弥陀如来は願われているのだと味わってゆける聞法を心がけていきたいと思います。

8月法話「泥沼に咲く花」

「泥沼に咲く花」

天真寺 西原龍哉

 

「泥沼」とは泥深い沼、一度落ち込むと抜け出ることが困難な悪い状況をあらわす言葉です。しかし、その泥沼に根を張って綺麗な花を咲かせるのが蓮です。

 

数年前から、お寺で蓮を育てています。毎朝のように新しい花を咲かせてくれますが、4日間で散ってしまうため、そのはかなさと清浄な雰囲気を楽しんでいます。花にばかり気を取られがちですが、根を見ると、泥の中に張っています。泥があればこそ、綺麗な花を咲かせることができるのです。『維摩経』には、「高原の陸地には蓮華を生ぜず。卑湿の淤泥にすなわち此の華を生ずる」と説かれます。泥沼の中から清浄な花を咲かせる蓮に、仏様のお徳を見るのです。

 

仏教では、『妙法蓮華経』と蓮の名前のお経典があったり、仏様のお座りになる台座を「蓮座」と呼んだり、仏様をたとえる花として蓮をとても大切にしています。『阿弥陀経』には「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」と、お浄土で色とりどりの蓮がそれぞれに輝く様が示されます。花は自ら輝きながら、お互いをも輝かせ合っているのです。私たちも顔、性格、能力も違いますが、違う色に染まる必要はなく、ありのままで尊い存在であることを教えてくれます。しかし自らを見つめてみると、他の人をうらやんで「ああなりたい」「こうなりたい」と、違う色に染まろうとして苦しんでいる私がいます。そこには、自己中心的な欲望にとらわれ、苦悩に沈む泥沼の人生しかありません。

 

熱心な念仏者である妙好人に、お軽さんという女性がいました。お軽さんは、享和元(1801)年山口県六連島で生まれました。少女時代は気性が激しく男勝りの性格をしていましたが、19歳の時に婿養子に迎えると、お軽さんは夫に懸命に尽くしました。しかし、二人の関係に亀裂が入ります。野菜の行商に出ていた夫に愛人ができたのです。お軽さんは嫉妬に怒り苦しみ、苦悩の日々が続きます。この出来事がご縁となり、お寺参りするようになり、やがて熱心に聞法するようになりました。そのお軽さんが詠まれた一句「重荷おうて 山坂すれど 御恩おもへば 苦にならず」。苦悩を背負う私の上にも阿弥陀様は「南無阿弥陀仏」と届いて下さっていたと味わい、そのお慈悲を深く喜ばれたのです。

 

自らの苦悩は、自ら引き受けて生きていくしかありません。他の人をうらやんでも、不幸を嘆いても、苦悩はなくなりません。しかし、阿弥陀様のお慈悲を聞かせていただくなかで、「私は一人ではなかった、仏様が一緒に悲しんで下さっていた」とその苦悩を乗り越える力をいただくのです。仏様の世界は、私の苦悩が苦悩のままで終わらない世界です。仏様の教えを聞かせていただくと、苦悩の中で生きている私のいのちに光をいただくのです。光を受けて、蓮のようにそれぞれのいのち輝かせ、精一杯日々を過ごしたいものです。

7月法話「1÷1/10=」

1÷1/10=

西光寺 吉弘一秀

問題

1÷1/10=

 

久々の分数の割り算いかがですか?

答えは10です。

正解しても何も出ません^^

さあ、ここで一緒に考えていただきたいのです。なぜ割り算なのに答えが増えるのか。

学校では、分数の割り算は、割る方の分母と分子をひっくり返して掛け算をすると教わりました。

1×10=10だと…。

もし子供に「なんで?」と聞かれたら私は困ってしまいます。

 

佐治晴夫さんという物理学の先生がおられます。この方は、扇風機にゆらぎの機能を付けた第一人者で、仏教や音楽にも精通しておられる方です。本も出されその中で、佐治先生が分数の割り算について、

「何で1/10で割ると答えが大きくなるのかと子供に聞かれたらそれは、『不思議の国のアリス』にように、あなたが小人になったと思いなさい。同じものがあるときに、あなたが10分の1の大きさの小人になったら相手は10倍に大きく見えるでしょう? 人間の目では1に見えることも、小人には10に見え、虫には100や1000にも見える。」

と言われました。なんとも素敵な例え方ではないでしょうか。感性を刺激する数学です。

 

 これを見ました時に、仏教が説く「我執」からの解放につながる話ではないかと思ったのです。「我執」とは、執われのこころ、偏見や固執したものの見方をさします。この「我執」を数式化して先ほどの式の割るほうに当てはめてみしょう。我々が見えている世界をnとしますと、n÷我執=n/我執=その人の見えている世界

我執が大きくなればなるほど見える世界は小さくなります。世界が小さくなると、すこしのずれも許せなくなってきます。反対に我執が小さいほど、見える世界は大きくなります。「我執」を小さくしていくこと、「我執」から解放されることを仏教は目指します。

 

 さあ、ここで問題なのが、「我執」の心からどう離れられるのか。そう離れることはできません。たとえ、ひとつの我執から解放されても、また新たな我執がすぐさま現れます。一つの願いが叶っても、また新たな願いが出てくる。尽きることのない、終わりのない障害物レースを走っているかのようです。

阿弥陀如来という仏様は、そのような凡夫の姿をご存知です。それを承知の上で私を、あなたをすくおうと仏となられました。浄土真宗の教えの要は、私は我執を持ち続ける人間であると自覚すると同時に、その私を必ずすくうと誓われる阿弥陀如来の本願を頂く事なのです。

 

南無阿弥陀仏

6月法話 火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなき

火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなき

釋義顯

火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします『歎異抄‐御序より』

 「火宅無常の世界」とは、火の着いた家が崩れ落ちていくような無常の世界のことで、とても安心して住める状況ではありません。その世界は、真実と呼べるようなものはなく、すべて空言、虚言であり、ただ念仏のみが真実であるということです。

 

 

最近、某大学のアメリカンフットボール部の問題が世間を騒がしています。

私は高校時代にラグビーをやっており、今は亡き伝説的な人物S師に憧れ、この大学にスカウトをされセレクションに参加し、練習にも招待されていました。(聞く話によると推薦書類の不備により落ちましたが、当時一部リーグに所属する別大学チームで諸事情により辞めるまでアメフトをしていました。)

S師が引退され、まさに体制が変わりつつあった頃です。

もし、入っていれば、あの選手と同じディフェンスエンドをしていたかもしれません。年代は違うものの、ひょっとしたら私が当事者になっていた可能性もゼロとは言い切れません。

とても、他人事ではありません。

 

選手、プレー、監督・コーチ、指導方法、大学の対応…。

私は「他人事ではない」とは言え、所詮部外者です。

これらどうこうは、“真相を知らない”ので、私からの公言は控えさせて頂きますが…

アメフトが大好きな者として不満、苛立ちはあります。

 

しかし、なにより「不思議だなぁ」と思うのが、世間の流れです。

 

なぜ、名前の似た大学にクレームが?

なぜ、名前の似た大学のラグビー部にクレームが?

問題のプレー動画が注目を集めて、すぐ『DL選手はラフプレーの常連』としてネットにアップされました。でも、本当?

 

当該大学と名前の似ている大学は、全くもって別大学で、まったく無関係です。

ラグビーとアメフトは全くもって別競技ですし、無関係です。

『ラフプレーの常連』の動画は、選手の会見後削除されましたが、顔写真も名前も公開されていました。動画作成者の謝罪はあったのでしょうか。

 

「とりあえず、社会的に問題になってるから便乗するか?」という程度でのクレームなのでしょうか?

 

“何でもかんでも、取り合えず叩けば良い”

“自分たちの意にそぐわない意見は排除”

 

そんな世間の流れになっていませんか?

そんな世間に流されて判断していませんか?

 

ネット社会になった昨今は、世間は様々な情報が多く流れています。

ウソの情報 感情操作のための情報 情報操作のための情報…

 

人は最初に耳にした情報を“正しい情報”という先入観を刷り込まれてしまいがちです。後から出てきた別情報は「言い訳」「開き直り」と受け取ることもあります。

 

もし、選手よりも先に指導者側、大学側が会見を開き「乖離が起きた」「私たちは言っていない」と言っていた場合…

連盟の検証の結果から処分の発表がされるまでの間、あの選手は、さらに酷い誹謗中傷に曝されていたのではないでしょうか。

もし、そのようになっていたら、世間の大多数が寄って集って、指示に従っただけかもしれない一人を追い詰めることになります。最悪、いのちを奪いかねない事になっていたかもしれません。

 

情報と先入観というのはとても恐ろしいものです。

まさに“空言・戯言”と“捉われ”です。

 

仏教を学び、仏教を軸として生きる私たちは、どう考えるべきなのでしょう?

行動を起こすならば、どう行動をとるべきなのでしょう?

世間に惑わされず、世間に流されず、一歩立ち止まって、冷静に考えてみて下さい。

 

世間の空言・戯言に惑わされず、流されず、捉われることなく…

南無阿弥陀仏

みのり会公開講座

来月12日に、千葉組の仏教婦人会みのり会の公開講座があります。

どなたでも参加できる会ですので奮ってご参加ください。

テーマ:「死ぬ苦しみからの解放」~幼い子どもたちに『親が死ぬこと』を伝える~

講師:種村健二朗師(西本願寺医師の会会員、武蔵野大学仏教文化研究所研究員、野村病院緩和ケア顧問)

日時:6月12日(火)13:30~16:00

会費 :無料

場所 :千葉県教育会館大ホール

(千葉市中央区中央4―13−10)

予約 :不要

*当日、直接会場にお越し下さい

5月法話「阿弥陀様と共に」

阿弥陀様と共に

常圓寺 井上敬信

 

近くに住んでいる小学校2年生と5歳の甥っ子が時々うちにやって来てくれる。

 

本堂に入ってきてお座りし、「なあーまんだーぶ、なあーまんだーぶ」と笑いながらお念仏を称えていたことがあった。私の真似をしているのだ。本人たちは遊びの一環のようでふざけあっているが、私は大変ほほえましくその様子を見ていた。

 

 その時、ある布教使さんが次のような話をされたことを思い出しました。息子さんたちがテレビゲームで遊んでいた。時間制限があるのにそれをオーバーして遊んでいた。そろそろ怒らないといけないと思った時に、息子さんたちが父親の気配に気づき、いきなり「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」とお念仏を称えだした。子供たちはまだゲームをしたい。どうすればまだやめさせられないかと考えた時に、「そうだお念仏称えながらゲームをしていたら、やめさせられないかも。だってお父さんはいつも、お念仏を称えましょうってお寺で言っている」と思ったのだろう。迷う父親。どうしようか、お念仏を称えることは素晴らしいことだけど、ゲームをやめさせなくてはいけない。と考えていた時にたまたま通りかかったお祖父さんがボソッと「なんてお念仏って有難いのだろう。ゲームをやりたい子供のために口から現れてくださった」とこう言いました。

 

子供たちはまだゲームがしたいとの思いでお念仏を称えていた。しかしお祖父さんの受けとめは違っていた。子供たちの「お念仏すれば怒られないかも」という思いにあわせて、阿弥陀様の方が称えられるようにはたらいてくださったと受け止めたのである。

 

 親鸞聖人のお師匠様である法然聖人はこの南無阿弥陀仏の名号を勝易の二徳という言葉でお示しになっている。お念仏には勝(すぐれている)と易(やさしい)の二つの徳がある。

 勝れている点として「万徳の所帰」と示される。お念仏には阿弥陀様の功徳がすべて余すところなく備わっているということである。

お念仏を称えることを称名というが、唱えるという字を使わずに称の字を使っている。親鸞聖人は称の字にはかりという意味があるとお示しになる。はかりとは物の重さを知る道具である。左のものと右のものが一緒の時にはかりはその中心を指す。私の口から出て来るお念仏がそのまま阿弥陀様のはたらきそのものであることを称の字でお示しになられている。ただ唱えているだけではなく、阿弥陀様のはたらきそのものがお念仏になってあらわれてくださるのである。阿弥陀様はお内陣に鎮座しているのではなく、私の口を通してはたらいてくださるほとけさまなのであります。

 もう一つは誰にでもできるやさしい行である。仏教では瞑想したり、護摩を焚いたり、座禅をしたり、様々な行があるが、わずか六字の南無阿弥陀仏を称えることを行とされたのである。5歳の子供にもできる形にしてくださったのであります。

 

私たち生きるものすべてを見つめられて、どのようなものも救わずにはおれないと私たちにあわせた形が南無阿弥陀仏なのであります。この阿弥陀様のはたらきが今ちいさな甥っ子たちにはたらいてくださっている。もったいない、ありがたく思っております。

 

4月法話「『キングダム』を読みながら考えた」

『キングダム』を読みながら考えた

 専念教会 阿形 雄三

 

一、はじめに

 『キングダム』という『週刊ヤングジャンプ』に連載され、現在単行本は四九冊を数えるマンガがあります。舞台は紀元前二四〇年代の中国、五百年続く戦乱を終わらせるため中華統一を志す秦国の嬴政えいせい(後の始皇帝、以下政)と、奴隷同然の境遇にありながら「史に名を残す天下の大将軍」になる夢を実現しょうとするしん。この二人を中心に物語は展開していきます。

 そんな『キングダム』の場面を紹介しつつ、少しお話をさせていただきます。

二、「人の持つ本質は―――光だ」

 三九巻の四二三話『天下の起源』から四〇巻の四二七話『決意の言葉』にかけて、秦国の実権を握る呂不韋りょふいと政が、天下、金と欲望、戦争等について語り合います。

 呂不韋が「戦争は紛れもない人の本質の表れ、人の世の営みの一部、その否定は人の否定、現実を受け入れて為政に挑まねば世は前進せぬ!」と主張するのに対し、政は「お前達は人の“本質”を大きく見誤っている」と指摘し、次のように続けます。

 「たしかに人は欲望におぼれ、あざむき、憎悪し殺す。凶暴性と醜悪さも人の持つ側面だ。だが決して本質ではない。その見誤りから争いがなくならぬものと思い込み、その中で最善を尽くそうとしているが、それは前進ではなく、人へのあきらめだ! そこに気付かぬが故に、この中華は五百年も戦争時代を続けている」

 では、人の本質とは何なのかと呂不韋に問われた政の答えが小題なのです。

 自身の経験、出会った人々に思いをせながら、「形や立場が違えど、皆一様に自分の中心にある“光”を必死に輝かせて死んでいった。そしてその光を次の者が受け継ぎ、さらに力強く光り輝かせるのだ。そうやって人はつながり、よりよい方向へ前進する。人が闇に落ちるのは己の光の有り様を見失うから。見つからず、もがき、苦しみ、悲劇が生まれる。その悲劇を増幅させ、人を闇へ落とす最大のものが戦争だ。だから戦争をこの世から無くす」と、決意を明らかにします。

 一方、仏教では“光”とは「真実」、親鸞聖人が「煩悩具足ぼんのうぐそく凡夫ぼんぶ火宅無常かたくむじょうの世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに」とおおせの通り、私達は生まれた時から闇の中を生きています。

 生まれた時からそうだから、皆がそうだからと思い切り、不確かなものに確かであれと願うだけなら、それは「人へのあきらめ」になり、もし釋尊がそうだったら、仏教は存在しなかったでしょう。

 「法灯明、自灯明」と釋尊は仰せになりましたが、私には出うべき真実があり(法灯明)、その真実に出遇った私になる(自灯明)。親鸞聖人は先のお言葉の後に、「ただ念仏のみぞまことにておはします」とお続けになり、釋尊が明らかにされ、七高僧を中心とする多くの方々が受け継がれた「お念仏」こそが“光”ですよとお示しくださいました。

三、「“光”とは願い」

 四六巻の四九四話『地下牢の賢人』で、政の忠臣昌文君しょうぶんくんと、呂不韋の配下で当代屈指の法家李斯りしが、“法”について語り合います。

 「そもそも“法”とは何だ?」と李斯に問われた昌文君は、「法とは刑罰をもって人を律し治めるもの」と答えますが、李斯に「馬鹿な!刑罰とは手段であって法の正体ではない!」と一喝されます。

 「では…法とは何なのだ」という昌文君の問いに、李斯は次のように答えます。

 「“法”とは願い!国家がその国民に望む人間の在り方の理想を形にしたものだ!統一後、この全中華の人間にどうあって欲しいのか、どこに向かって欲しいのか、それをしっかりと思い描け!」と。

 一方、私が出遇うべき“法”とは、阿弥陀如来とその「願い」であると釋尊は仰せになりました。

 あらゆるいのちをご自身と等しい光り輝くいのちに成らしめ、真実の安楽を得さしめる。その「願い」は、そうなる気持ちも力もない私のようないのちこそが目当てなのです。

 そうすればその「願い」が実現できるのか、五劫ごこうというきわめて長い時間をかけて考え抜かれた阿弥陀如来は、ご自身が何を成すべきかを選び取られ、その実践に兆載永劫ちょうさいようごうというはかり知れない時間をかけられたと釋尊は教えてくださいました。

私のようなものを救うのは、それ程大変なこと、とんでもないことなのです。

 親鸞聖人は常々つねづね「弥陀の五劫思惟しゆいの願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人いちにんがためなりけり。されば、それほどの業をもちける身にてありけるをたすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」と仰せになられたそうですが、「同行二人」だよと語りかけていただているようで嬉しくなります。

3月法話「ふと」

ふと

寶満寺 清谷亮

「生きていくのがつらい」と感じることはありませんか。

「わたしは何のために生きているのだろう」と問いかけることはありませんか。

歳をとったとき、病気になったとき、あるいは何気ない瞬間に、自分の生の意味を考えることがあるかもしれません。

お釈迦様は「人生は苦しみの連続である」と説かれました。この場合の苦しみというのは煩悩から生まれるものであり、「自分の思い通りにならない」ということです。いや、世の中には楽しいこともたくさんあると思われるかもしれません。しかしその楽しみも苦しいことがあるからこその楽しみであり、楽しみだけが続くのであればそれは楽しみとは言えないでしょう。

同時に自分は「生きる意味」というものを今までに人から教わってきたことがあっただろうか、と振り返ってみてください。親や学校の先生、友人たちなどから何かしら示されたことがあったかもしれません。しかし多くの方はそういう経験のないまま成長してきたのではないでしょうか。

「自分は何もしないし何も出来ない。人に迷惑ばかりかけてきた」

そう自分の事を仰る方もありましょう。

しかしそんなあなたの存在は、唯一無二のものとして必要なのです。他の誰として代わることはできません。

親から生まれ育つにも、私一人ではどうにもできません。恩師、先輩、友人…私たちは様々な人たちから支えられて生きてきました。また気がつかないうちも含め、自らが人の支えになったこともあったかもしれないのです。人に迷惑を掛けたこともあれば、掛けられたこともあったはずです。そこにはお互い様の心、生かされているということに対する気付きがあります。生きているのではなく生かされている。人間とは生かされて生きていくだけでも立派なものではないでしょうか。

 

「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」

 

歎異抄第三章の有名な一節です。

「善人ですら往生できるのであるから、悪人が往生できないはずがない」

 

煩悩を捨てられずに苦しみ迷いの中に生きているような人間(悪人)でも、必ず阿弥陀様は救って下さると親鸞聖人は説かれております。仏様の慈悲の中で、悪人の自覚を持った者が救われていくのが「悪人正機」のみ教えです。

多くの人が苦しんでいて、そして悪人であると思います。そんな人間を決して見捨てないのが阿弥陀様の救いであります。