法話

2月法話「苦労を・豊かに」

西光寺 吉弘一秀

 昭和38年11月9日、福岡県大牟田市の三池炭鉱で粉塵爆発が起きた。死者は450余り、一酸化炭素中毒患者は800人を超える戦後最悪 の炭鉱事故である。

 後遺症は重く、脳の様々な障害、神経障害により、言語障害や認知機能の低下などが起きた。

 事故から10年経過し、テレビ番組で後遺症患者の療養生活が放送された。その放送を見た詩人吉野弘氏が「豊かに」という詩を書いた。一部引用

 

~略~

 療養所の一室で

 塚本さんが今

 他の患者たちと

 言語機能の回復訓練を受けている。

 文字を書いた紙が

 左右の黒板に何枚かずつ貼ってある。

 その中の二枚を一組にして

 意味のある言葉にする。

 塚本さんが椅子から立ち上がった。

 その背に、同僚の声援と拍手が飛んだ。

 右の黒板から

 「豊かにする」と書かれた紙を剥がし

 左の黒板の前に立ち

 少し考えて

「苦労を」と書かれた紙の下に貼りつけた。

 苦労を・豊かにする  

 塚本さんが

 陰にいるもう一人の塚本さんの手を借りて

 自分の運命を正確に揶揄してみせたかの

 ように。

馬鹿笑いをする患者がいる。

「いいぞいいぞ」という患者がいる。

「ちがうぞ」と怒鳴る患者もいる。

塚本さんはニコニコして椅子に戻る。

「豊かにする」筈だった

「くらしを」は

置き去りにされて。

~略~

引用終わり

 

塚本さんは、苦労を・豊かにすると言葉を繋げた。ふつうは生活や暮らしを選ぶだろう。後遺症があるとはいえ、塚本さんの根底にあったから選んだのではないだろうか。大牟田市は浄土真宗のお寺の多い地域だ。塚本さんは聞いていたのではないだろうか。苦労を解決するのではなく、苦労を目当てとし、苦労をそのままお抱え下さる阿弥陀如来のお慈悲の話を。

 親鸞聖人は

本願力にあひぬれば むなしくすぐるひとぞなき

と和讃に記された。むなしくない道をお説きくだされた。

塚本さんの「苦労を・豊かにする」という言葉は、阿弥陀仏のお慈悲であり、お慈悲は南無阿弥陀仏として分け隔てなく私に届いているのです。

南無阿弥陀仏