法話

毎朝ありがたいと思っていますか??

光臺寺 八田泰観

 💚8月の法話💚 

皆さん、毎朝「ありがたいと思っていますか?」

毎朝目が覚めることは当たり前だと思っていませんか?今、生きているので当然といえば当然ですが、本当は当然ではありません。毎日を無事に過ごすことができてきたことはありがたいことです。

今まで生きてこられたということは、その分の時間が存在します。一年は365日、時間にすると8,760時間、分にすると525,600分、秒にすると31,536,000秒、×自分が生きた年齢が生きてきた時間となります。これだけの時間を過ごすことができたということです。これはとてもありがたいことです。普段の毎日を「今日も生きることができた」。「ありがたい」と思うことは病気でいのちのことが問題になる時以外、ほとんどないと思います。毎日無事にすごすことができたことをありがたいと思って、その日・その時・その瞬間を大切に生きていくことが大切です。つまり、今を大事にするということです。何もしなくても時間は過ぎていきます。時間は誰に対しても平等です。

同じく「死」も全員に平等です。「生」と「死」は表裏一体です。人によっては「同じ」という人もいます。人は生まれたら必ず死にます。死なない人はいません。生まれて老いて病気して死ぬ、これを「生老病死(しょうろうびょうし)」といいます。人は生まれたら必ず、老い・病気に罹り・死ぬということです。生まれることは喜ばしいことですが、「老い・病気・死」は嫌なことです。しかしこの現実から逃れることはできません。いざ自分がそうなったら納得できずに苦悩します。苦悩することが悪いことではありません。だれもが苦悩するのです。「苦悩してよいのです。そんな苦悩するあなたこそが私が救うべき対象なのです」とおっしゃってくださるのが、阿弥陀仏という仏様です。この仏様は、「私に全てを任せ、信じなさい。私が必ず救います」という「願い」をたて、その「願い」を達成し、仏様となりました。現在の日本社会の中で一般生活を送りながら自分で修行をし、「苦悩」を排除することは難しいことです。『私たちのちかい』にはこう示されています。

一、生かされていることに気づき

 日々に精一杯つとめます

人びとの救いに尽くす仏さまのように

常にはたらいてくださっている阿弥陀仏と一緒に人生を過ごしてみてはいかがでしょうか。

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