5月法話
雲妙寺 大善文彦
💚5月の法話💚
「天皇陛下の御退位及び皇太子殿下の御即位」という大きな節目を迎えました。
天皇陛下御退位 ご苦労様でした。
皇太子殿下天皇御即位 お祝い申し上げます。
国民そろってお祝いいたします。
さて 新元号が「令和」になりました。
何でもそうですが、新しい亊や物に変わった当初は、なかなか馴染みません。
しかし、次第に目に馴染み、手に馴染んで、いつしか違和感は薄れて来ます。
「令和」も耳に入り 口にし 読み書きをするうちに、自然と馴染んでくることでしょう。
私は「昭和」という時代に生まれました。
年齢を重ねるにつれて、姿や形 口にするものや思うことが、随分と変化してきました。
幼い頃は、苦い味の「ふきのとう」等は「ぺっ ぺっ」と吐き出していました。
それが「平成」に変わる頃には、コーヒーが飲めるようになり、「ふきのとう」が美味しく感じるようになり、ついには「アルコールの苦さ」までも「美味しい」と喉を通るようになりました。
そのように 私とは、時間とともに、コロコロと変わります。、
その私の側の条件・状況が、どれ程変化したとても、私を目当てとしたお方が変化せず、「おまえを救う まちがわさんぞ そのまま来いよ」と呼び続け、働き続けておられます。
一般仏教では、煩悩を断って覚りに向かう、という宗派が多いです、が 浄土真宗においては、煩悩を断つこと無く、涅槃(お覚り)に至る。 それが大きなポイントです。
「不断煩悩得涅槃」と、宗祖は正信偈にお書きです。
その理由は、私の側のデレデレだらだらを、シャッキとさせるぞ、ということではなく、阿弥陀様の側が間違い無いからです。
阿弥陀仏とは、私の側に どのような煩悩という障壁があっても、それは妨げにはならない、問題にはならない、救いづらいことにはならないよ、と 別名の「尽十方無碍光如来」と働かれています。
その阿弥陀仏 既に私に入り満ちて、「南無阿弥陀仏」と声の相で現れます。