法話

ゴッタン

浄興寺 渡邊恒行

 💚 6月の法話 💚 

私は2年ほど前にある伝統楽器を入手しました。 その伝統楽器は九州薩摩地方に伝わる“ゴッタン”という弦楽器です。 薩摩藩による約300年に及ぶ一向宗(浄土真宗)への弾圧の中で、薩摩のご門徒が念仏 を称える伴奏として用いた伝統楽器であります。

その伝統楽器“ゴッタン”はネットの情報サイトには次の様に紹介されています。 「ゴッタンとは、南九州地方に伝わる伝統工芸品の民族楽器。主に杉を材料とした板張り りで3本の弦の弦楽器である。別名「箱三味線」「板三味線」とも呼ばれている。 ~(中 略)~ 中国から薩摩へ伝来してから、南九州で独自の進化を遂げ、念仏信仰の伴奏楽器 として根付き、南九州の伝統楽器として現代に伝わっている。 島津藩の時代、過酷な念仏弾圧に人々は隠れ念仏洞と呼ばれる洞窟などに隠れて念仏を称 えていたが、ゴッタンの出現によって明るい場所で唄に織り交ぜて念仏唄として弾くよう になった。荷方節などの曲が有名、ゴッタンの伴奏に合わせて喜びや悲しみを込めて唄っ た。」(ウィキペディアより)

鹿児島大学の竹内康人教授は次の様に記されています。 「ごったんは弦を除く一切が自家工房レベルの簡易な木工作品として存在し、かつては地 域の農民は誰でも余材や廃材で自作する事が常であったように伺われる。 ~(中略)~ ごったんは仏教と大きな縁があり、斯藩における江戸期を通じての一向宗(浄土真宗)抑 圧をかい潜って続けられた隠れ念仏の代用唄の伴奏用だったと言われる。また、動物(四 つ足)の皮を用いる事への宗教上の抵抗もあったとも言われる。」 (招待講演『天吹、 ごったんなどの鹿児島県固有の民族楽器について』 講演:生駒綱雄・解説代筆:竹内康 人(鹿児島大学工学部))

鹿児島大学講師の森田清美氏は著書の中で次の様に述べている。 「次に示すのは、宮崎県北諸県郡三股町でゴッタンを作っている黒木俊美氏が、ゴッタン 演奏者として荘重で酔いしれるような音を響かせていた故荒武タミから採取した、ゴッタ ン念仏唄「荷方節」の歌詞(黒木 2007)である。黒木氏は、宮崎県の伝統工芸師で、特 にゴッタンに関してはその製作技術が全国に知られている。

  西は西方弥陀釈迦如来、拝もうとすれば、雲がかり、

  雲に邪心はなけれども、

  南無如来大悲の恩徳は、身を粉にしても、報ずべし、

  師主知識の恩徳も、骨を砕きても、謝すべし、

  我が身の邪心でおがまれぬ

「雲がかり」というのは、念仏者の邪心を持つ曇った様子を述べたものであるが、唄者は、 薩摩藩の一向宗禁制の象徴を示すものとして歌っている。聴いている人々もその言葉に、 島津氏の弾圧に対してささやかな、そして時には怒濤のような抵抗の心を湧かせるのであ る。唄は、我が身に邪心があっては阿弥陀如来を拝めないのは当然であるが、禁制や弾圧 を行う島津氏を恨むという邪心は持ってはいけない、という意味である。まさに簡要な精 神である。しかし、人々の心は深い傷で疼いていた。」(『隠れ念仏と救い』森田清美著)

「この様に、浄土真宗系「隠れ念仏」が禁制であっても、ゴッタンの念仏唄として歌えば、 権勢の襟元に付こうとする取締りの役人には気付かれなかった。荷方節というのは、七・ 七・七・五調の労働歌である。秋田県や富山県で江戸時代から歌われてきたという。元気 を付け、慰め、豊かさを求める祈りの唄で、時にはめでたい席で披露されたりする。しか し、歌詞は荒武タミが歌うものとは全く異なる。民謡・民族研究家であった故鳥集忠男氏 は『ゴッタン一代記』(1979)の中で、「人のもつ、罪と穢れと邪心ゆえに、弥陀釈迦 如来を拝めないと、厳しく懺悔する「荷方節」は、タミの人生の苦行から生み出された、 聞きあきない本調子の名曲である」と鋭い視線で解説している。ただ、この荷方節はタミ が創作したものではなく、鹿児島でも江戸時代から歌われていたと思われる。歌詞が念仏 和讃にすり替わっているところに、一向宗禁制下にある薩摩の特色が出ているのではない だろうか。

黒木氏がゴッタン製作を手掛けたのは、弾圧に耐えながらも素朴な明るさを忘れずに、ゴ ッタンに合わせて念仏唄を歌い続けてきた都城盆地の人々の苦労と涙、そしてその知恵に 魅了されたからであるという。人々は、この唄を歌い、あるいは聴くことによって救いを 感じたのである。」(『隠れ念仏と救い』森田清美著)

ゴッタンは素朴でとても澄んだ美しい音色の楽器でありますが、その音の響きの中には哀 愁と力強さが感じられます。 音の響きには、言葉や理屈を超えて心の琴線に直接触れて、当時のガマ(洞窟)における 念仏を想起させます。 念仏弾圧の中にあっても念仏を称え続けた薩摩のご門徒の息遣いが聞こえて来るように感 じます。 合掌

丸池湧水 と 荷方ぶし(荒武タミ 1984年3月の録音)橋口晃一さんのYouTubeチャンネルより